◆ドラムマシンが泣けるニューウェーブ歌謡
マーマレード飛行 / 矢野有美(アルファ)
アルバム『ガラスの国境』収録。1985年に出たきりでCD化すらされていないのだけれど、アイドル歌謡の中でも特異な位置にあって他では絶対聞けないので、世界遺産として早くデジタル化してほしい。チープで無機質なドラムマシンの上にアコースティック・ギターがのるところまでは The Durutti Columnのようで、それだけでも驚きに値するが、さらに、うまいわけでもなく、かといって下手でもない歌が絡んでくると、いままで聞いたことのない寂寥感が醸しだされる。時代が時代とはいえ、ずいぶんニューウェーブ臭が濃いと思ったらそれもそのはず、ムーンライダーズの中の人(具体的には鈴木博文先生と岡田徹先生)がプロデュースとのことで納得した。矢野有美先生の存在は、CSで流れていた『パンツの穴』で、東京郊外の兼業農家の娘で、排泄物で栽培した野菜をクラスメートに分け与えるという特異な役柄とともに知り、関連作品を調べていた中でこのアルバムを発見したのだった。一度も再発されていないこともあって、溝の浅~いLPを入手するのに5000円費やしてしまった。Spotifyで換算すると5ヶ月分だが、それでも入手する価値はあると思う。いいまDiscogsで買うと100ドル近くするから、5000円ならなんと半額……。
◆スポークンワード系ハウスの新定番
演説の内容はどうでもよいのだが(ちなみにMarcus Garvey)、演説に音域を優先的に振り分けた結果、ほかの音楽的要素が重低音に絞られることとなり、素晴らしいグルーヴが生まれている。おそろしくシンプルなトラックなのだけれど、1回では足りなくて、よくリピート再生している。
◆トランスの音色でデトロイト風テクノという革新的コンセプト
The Shape Of Trance To Come / Lorenzo Senni (Warp)
Warpがからリリースされ、シーンを一変させたコンピレーション、"Artificial Intelligence"の発売から四半世紀経った。いまではA.I.は小学生でも知っている概念になっているけれども、最近のWarpは元気かしらと思って調べてみたら、気になるタイトルを発見。
音はまさにタイトル通りで、音色がトランスというか最近のEDMというかそんな感じだが、構成はデトロイト・テクノという、コンセプトだけでもごはんが何杯でも食べられそうであるが、トランシーな旋律から自由になったデジタルシンセの音は実に官能的で、聞くたびに胸が高鳴る。
◆これは言葉本来の意味において真のアシッドジャズだ!(5年ぶり3回目)
Koot Works (Feat OR) / Ground (ESP Institute)
何年かに一回、「これは本来の意味でのアシッドジャズだ!!!」と思う瞬間があるのだけれど、去年はこの曲だった。ジャズというジャンルにまったく収まっていないのだけれど、それくらい興奮したということで……。
無国籍なうえに断片化していて、もとの形を辿ることもできず、オッサン諸氏におかれましてはNurse With Woundを髣髴とさせるところがステキと思うかもしれないのだけれど、かろうじてダンスミュージックに踏みとどまっているところが違いで、それゆえ繰り返し聴いて楽しめる。
信頼のレーベル、ESP Instituteの新譜ということで聞いてみたのだけど、調べてみたら大阪のユニットで、なんだか納得してしまった。
◆77年産、アマチュアリズムあふれる夢みたいなバレアリックディスコ
Radio Cosmo 101 (Disco Version) / The One "O" Ones (Best Record Italy)
77年フランス産のゆるくて小粋で素人くさいユーロ・ディスコ。後世からジャンル分けするとバレアリック・ディスコになる。いわゆるレア・グルーヴ、ふつうのサラリーマンにとっては自力で発掘するのは困難で、出世やら家族やらを諦めるだけでは足らず、そのほかのクリエイティブな営みまでも侵食する趣味だと思うので、わたしの場合は発掘作業はしないようにしている。そこで解決策としてあがってくるのは、発掘隊の発掘調査の結果をいただくというもので、"Club Meduse"というコンピレーションは昨年の成果の中でもずば抜けていた。すべての曲について「こんな素晴らしい音楽が埋もれていたなんて!」と驚くとともに、わたしも含む人類の見る目のなさに絶望してしまったりもするけれども、さらにそのコンピレーションの中でも最もすばらしかったのがこの曲。
奇しくも同じタイミングで12インチシングルが再発されていて、しかも各社サブスクリプションでも全部聴ける。わたしは勢い余って物理的なディスクも購入してしまったのだが、ジャケットからも楽しさが伝わってきて最高。センチメンタル満載の電子楽器たちのなかでひとり暴走するノリノリのベース。時折思い出したように素人っぽいコーラスが乗って夢のよう。好きすぎるので特別な時にしか聞かなくなってしまっている。2018年聴いた音楽で1曲だけと言われたら間違いなくこの曲を選ぶ。
◆お好きな人だけどうぞ
I LoVe Your Tits / Christine CJs
音楽を探すルートを意識的に見直していく中で、「Bandcampは?」と思って探してみた結果がこれ。気まぐれにシンセを鳴らして歌っているだけなのだが、いわゆるプロトハウスの時期に試されなかった(というか試す価値もなかった)実験が時間差で繰り広げられているのであった。
ハウスミュージックの草創期には、手作り感満載のチープなトラックが濫造され、それらの屍はたとえばChicago UndergroundやTraxなどで漁ることができるが、現在進行系でのおかしなハウスミュージックは、Bandcampにあるのかもしれない。プロモーションビデオは、記念写真の連続で度肝を抜かれる。
Twitterのフォロワーはわずか33人で、ファンレターを書いたら、こちらが書いた文字の10倍くらいの返事が頂戴できそうなイメージだが、ジャンルそのものがアウトサイダー・アートじみているハウスの中でも、ひときわアウトサイドにある音楽である。
◆入手しておかないと精神衛生上よろしくないデトロイトテクノの傑作
話がややこしくて申し訳ないが、2011年に出た"Back In The Box"シリーズのGrobal Communicationの巻にこの曲が収録されていて、ミックスされているものしかないと思って諦めていたら、なんとミックスされていないアルバムが別に売られていたことを昨年Beatportで発見。しかし、なぜかおま国されてしまったので、物理的なディスクを手に入れるしかなく、血眼になって探し回って入手し、魂の平安が得られたのだった。
◆わりと忠実にOlivia Newton-Johnをカバーしているのに、この哀愁
Olivia Newton-Johnをカバーしてもなお、独特の哀愁が漂っていて、さすがやなと思った。また、ギターおばさんになっても最高にかっこよく、見ていて勇気づけられた。
◆緻密すぎて、電子音楽が好きでない人も感激しそうな傑作
Roter Gitterling / Dominik Eulberg (APUS APUS)
自信をもって万人におすすめできる高級テックハウス。全盛期のPlaidのようなスケールと抒情性があって最高なのだけれど、ジャケットが可愛らしくてこのレコードの存在を知った。白ジャケットだったら気づかないまま通りすぎていたのかと思うと恐ろしい。いい音楽にはいいジャケットがついていてほしい。見つけやすいので……。
ミニマル・テクノ界隈ではすでに大御所のようだけれども、同じテクノでも、少しでも自分の好きなジャンルと違うジャンルだと知らないまま過ごしてしまうもので、今回のように、作風が変わってから初めて「この人すごいけど誰?」と騒ぎはじめてしまい、少々恥ずかしい。ミニマル・テクノで名を馳せてきただけあって、細部の作りこみがすばらしい。
◆ニューウェーブの残党が自分に言い訳しながら聴ける名作
A Winter In Los Angeles (Feat. Private Agenda) / Massimiliano Pagliara (Live At Robert Johnson)
このようにニューウェーブに別時代の音楽を組み合わせてくれると、オッサンとしては「これは懐古趣味ではないんだぞ」と自分に言い聞かせることができて、精神的に非常に助かる。
以上、「2018年はこんな時代だった」などとまとめられるような聴き方はしていなかったのだけれど、今年もすでにいろんな音楽を聴いて感動しているので、楽しい一年になりそうだと思っている。