ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

電子音楽を中心に、2018年に聴いた音楽、ベスト10曲

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去年は音楽を自由に聞くことが難しくなってきたと感じることが多かった。サブスクリプションモデルが浸透し、好きなときに好きなだけ音楽が聞けるようになった反面、聴取システムを構築した設計者たちが、ロックンロール的な音楽観のもとにUIを設計しているので、ロックやポップスとは音楽のフォーマットや接し方が異なる音楽を聴くことが多いわたしとしては、少々窮屈な気分である。具体的に言うと、音楽を聴くうえで一番重要な「レーベル」がタグになっていないことだったり、ミックスCDの曲が別のバージョンに入れ替わっていたり……。
先日、初代iPhone発表のプレゼンテーションを見たのだが、そのときサンプルとして流れたのはビートルズだった。最新のテクノロジーを使って聞く音楽はクラシカルなロックンロールという皮肉めいた話だが、その話はまた別の機会にするとして、2018年に発見した音楽を10曲あげていく。なるべくすぐ聴けるようにさせていただいたが、リンクを貼れないものについてはご自身で探していただければと思う。
 
 

◆ドラムマシンが泣けるニューウェーブ歌謡

マーマレード飛行 / 矢野有美(アルファ)

アルバム『ガラスの国境』収録。1985年に出たきりでCD化すらされていないのだけれど、アイドル歌謡の中でも特異な位置にあって他では絶対聞けないので、世界遺産として早くデジタル化してほしい。f:id:kokorosha:20190110192531j:plainチープで無機質なドラムマシンの上にアコースティック・ギターがのるところまでは The Durutti Columnのようで、それだけでも驚きに値するが、さらに、うまいわけでもなく、かといって下手でもない歌が絡んでくると、いままで聞いたことのない寂寥感が醸しだされる。時代が時代とはいえ、ずいぶんニューウェーブ臭が濃いと思ったらそれもそのはず、ムーンライダーズの中の人(具体的には鈴木博文先生と岡田徹先生)がプロデュースとのことで納得した。矢野有美先生の存在は、CSで流れていた『パンツの穴』で、東京郊外の兼業農家の娘で、排泄物で栽培した野菜をクラスメートに分け与えるという特異な役柄とともに知り、関連作品を調べていた中でこのアルバムを発見したのだった。一度も再発されていないこともあって、溝の浅~いLPを入手するのに5000円費やしてしまった。Spotifyで換算すると5ヶ月分だが、それでも入手する価値はあると思う。いいまDiscogsで買うと100ドル近くするから、5000円ならなんと半額……。 
 


◆スポークンワード系ハウスの新定番

Héritage/ DJ Oil(Les Disques De La Mort)
ハウスミュージックの愛好家は、ときどき演説入りの音楽が聞きたくなってしまう生き物で、同じくミュージシャンもときどき演説入りの音楽を作ってしまいたくなる生き物なのだろうと思っているが、わたしの場合、そのときに選ぶのは"Preacher Man"か、"Can You Feel It"の演説入りバージョン。20年以上変わっていないことにひそかに危機感を抱いていたのだが、昨年はこの曲に出会えて本当によかった。

演説の内容はどうでもよいのだが(ちなみにMarcus Garvey)、演説に音域を優先的に振り分けた結果、ほかの音楽的要素が重低音に絞られることとなり、素晴らしいグルーヴが生まれている。おそろしくシンプルなトラックなのだけれど、1回では足りなくて、よくリピート再生している。
 


◆トランスの音色でデトロイト風テクノという革新的コンセプト

The Shape Of Trance To Come / Lorenzo Senni (Warp)
Warpがからリリースされ、シーンを一変させたコンピレーション、"Artificial Intelligence"の発売から四半世紀経った。いまではA.I.は小学生でも知っている概念になっているけれども、最近のWarpは元気かしらと思って調べてみたら、気になるタイトルを発見。

音はまさにタイトル通りで、音色がトランスというか最近のEDMというかそんな感じだが、構成はデトロイト・テクノという、コンセプトだけでもごはんが何杯でも食べられそうであるが、トランシーな旋律から自由になったデジタルシンセの音は実に官能的で、聞くたびに胸が高鳴る。

 


◆これは言葉本来の意味において真のアシッドジャズだ!(5年ぶり3回目)

Koot Works (Feat OR) / Ground (ESP Institute)
何年かに一回、「これは本来の意味でのアシッドジャズだ!!!」と思う瞬間があるのだけれど、去年はこの曲だった。ジャズというジャンルにまったく収まっていないのだけれど、それくらい興奮したということで……。

Koot Works (Feat or)

Koot Works (Feat or)

  • Ground
  • ハウス
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 無国籍なうえに断片化していて、もとの形を辿ることもできず、オッサン諸氏におかれましてはNurse With Woundを髣髴とさせるところがステキと思うかもしれないのだけれど、かろうじてダンスミュージックに踏みとどまっているところが違いで、それゆえ繰り返し聴いて楽しめる。

信頼のレーベル、ESP Instituteの新譜ということで聞いてみたのだけど、調べてみたら大阪のユニットで、なんだか納得してしまった。

 

◆77年産、アマチュアリズムあふれる夢みたいなバレアリックディスコ

Radio Cosmo 101 (Disco Version) / The One "O" Ones (Best Record Italy)

77年フランス産のゆるくて小粋で素人くさいユーロ・ディスコ。後世からジャンル分けするとバレアリック・ディスコになる。いわゆるレア・グルーヴ、ふつうのサラリーマンにとっては自力で発掘するのは困難で、出世やら家族やらを諦めるだけでは足らず、そのほかのクリエイティブな営みまでも侵食する趣味だと思うので、わたしの場合は発掘作業はしないようにしている。そこで解決策としてあがってくるのは、発掘隊の発掘調査の結果をいただくというもので、"Club Meduse"というコンピレーションは昨年の成果の中でもずば抜けていた。すべての曲について「こんな素晴らしい音楽が埋もれていたなんて!」と驚くとともに、わたしも含む人類の見る目のなさに絶望してしまったりもするけれども、さらにそのコンピレーションの中でも最もすばらしかったのがこの曲。

奇しくも同じタイミングで12インチシングルが再発されていて、しかも各社サブスクリプションでも全部聴ける。わたしは勢い余って物理的なディスクも購入してしまったのだが、ジャケットからも楽しさが伝わってきて最高。センチメンタル満載の電子楽器たちのなかでひとり暴走するノリノリのベース。時折思い出したように素人っぽいコーラスが乗って夢のよう。好きすぎるので特別な時にしか聞かなくなってしまっている。2018年聴いた音楽で1曲だけと言われたら間違いなくこの曲を選ぶ。 

 

◆お好きな人だけどうぞ

I LoVe Your Tits / Christine CJs
音楽を探すルートを意識的に見直していく中で、「Bandcampは?」と思って探してみた結果がこれ。気まぐれにシンセを鳴らして歌っているだけなのだが、いわゆるプロトハウスの時期に試されなかった(というか試す価値もなかった)実験が時間差で繰り広げられているのであった。
ハウスミュージックの草創期には、手作り感満載のチープなトラックが濫造され、それらの屍はたとえばChicago UndergroundやTraxなどで漁ることができるが、現在進行系でのおかしなハウスミュージックは、Bandcampにあるのかもしれない。プロモーションビデオは、記念写真の連続で度肝を抜かれる。


Twitterのフォロワーはわずか33人で、ファンレターを書いたら、こちらが書いた文字の10倍くらいの返事が頂戴できそうなイメージだが、ジャンルそのものがアウトサイダー・アートじみているハウスの中でも、ひときわアウトサイドにある音楽である。

 

◆入手しておかないと精神衛生上よろしくないデトロイトテクノの傑作

Serena X (InnerZone Mix) / Yennek
デトロイト・テクノに詳しくない人が見たら「誰?」と思うかもしれないが、Kenny LarkinのCarl Craigによるリミックスで、その文字列から期待される何倍ものすばらしい音世界が広がっていて、この曲を知っているデトロイト・テクノ好きなら、これをベストに挙げる人も多いのではないかと思われるのだが、それほどの傑作でありながらも、長らくデジタル化から漏れていた。

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話がややこしくて申し訳ないが、2011年に出た"Back In The Box"シリーズのGrobal Communicationの巻にこの曲が収録されていて、ミックスされているものしかないと思って諦めていたら、なんとミックスされていないアルバムが別に売られていたことを昨年Beatportで発見。しかし、なぜかおま国されてしまったので、物理的なディスクを手に入れるしかなく、血眼になって探し回って入手し、魂の平安が得られたのだった。
 
 

◆わりと忠実にOlivia Newton-Johnをカバーしているのに、この哀愁

Physical / Juliana Hatfield (American Laundromat Records)
かれこれ20年以上、Juliana HatFieldを聞き続けている。アメリカン・ロックなのに薄暗い感じがするところが好きで、そういうのが聞きたいと思ったとき、Juliana HatField以外を知らないからかもしれない。いつもCDのブックレットには歌詞が記してあり、おそらく歌詞を作りこんでいらっしゃると思うのだが、わたしには残念ながら歌詞を読む習慣がないので、なんか歌ってるね~くらいの印象しかない。
そんなJuliana HatField先生が一枚まるごとOlivia Newton-Johnのカバーアルバムをお作りになった。以前からファンだったようなのだけど、Olivia Newton-Johnのどこが好きなのかは謎。いままで歌詞を読み続けていたらわかったかもしれない。


Olivia Newton-Johnをカバーしてもなお、独特の哀愁が漂っていて、さすがやなと思った。また、ギターおばさんになっても最高にかっこよく、見ていて勇気づけられた。

 

◆緻密すぎて、電子音楽が好きでない人も感激しそうな傑作

Roter Gitterling / Dominik Eulberg (APUS APUS)

自信をもって万人におすすめできる高級テックハウス。全盛期のPlaidのようなスケールと抒情性があって最高なのだけれど、ジャケットが可愛らしくてこのレコードの存在を知った。白ジャケットだったら気づかないまま通りすぎていたのかと思うと恐ろしい。いい音楽にはいいジャケットがついていてほしい。見つけやすいので……。


ミニマル・テクノ界隈ではすでに大御所のようだけれども、同じテクノでも、少しでも自分の好きなジャンルと違うジャンルだと知らないまま過ごしてしまうもので、今回のように、作風が変わってから初めて「この人すごいけど誰?」と騒ぎはじめてしまい、少々恥ずかしい。ミニマル・テクノで名を馳せてきただけあって、細部の作りこみがすばらしい。

 

 

◆ニューウェーブの残党が自分に言い訳しながら聴ける名作

A Winter In Los Angeles (Feat. Private Agenda) / Massimiliano Pagliara (Live At Robert Johnson)

ディスコ・ダブ特有の躍動感満載のベースのうえに、グルーヴという言葉とは無縁の、モラトリアム臭のきっついボーカルが乗っていて斬新。歌モノはこうでなくちゃと思った。


このようにニューウェーブに別時代の音楽を組み合わせてくれると、オッサンとしては「これは懐古趣味ではないんだぞ」と自分に言い聞かせることができて、精神的に非常に助かる。

 

 

以上、「2018年はこんな時代だった」などとまとめられるような聴き方はしていなかったのだけれど、今年もすでにいろんな音楽を聴いて感動しているので、楽しい一年になりそうだと思っている。


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