ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

下戸で漫画音痴が調布のジャクソンホールに行って10年のモヤモヤを一掃した話

セルフうどん店でカレーうどんを食べながら、「いつも同じ店でごはんを食べる人は老化で前頭葉機能が低下している」という主旨の記事を見て、あまりにも当てはまりすぎて認めるのがつらかったので、反射的にサバサバしている女の漫画を読んでしまった。サバサバしている女の漫画は広告でもよく見かけるが、「サバサバ」で検索しても上位に出てくる。擬態語がひとつの漫画に占拠されるさまはなんともエキサイティングである。その漫画は、「女の敵は女だ」から始まるので、こちらはこちらでつらかったのだが、それはともかく、たしかに、新しい店に行くのがおっくうという気持ちはわたしの中にある。そしてその気持ちがわたしの暮らしを貧しいものにしているという強い自覚もあった。なので、しばらくカレーうどんは控えて、なるべく行ったことのない店に行こうと誓ったのだった。

 

わたしにとって「行ったことのない店」の筆頭は調布にある有名なバー、ジャクソンホールである。このお店ほどわたしにとって近くて遠い店はなかった。わたしはかつて調布市に暮らしていて、調布の天神通りを抜けたところに有名なバーがあること、その店は『NANA』という有名な漫画に登場し、特にハンバーガーが名物であるという情報をキャッチしていた。お店のすぐそばに通っていた美容室があり、引っ越してからも月1回はこの店の前を通っていた。行ってみたいという気持ちと、行くのは今ではないという強い気持ちがあって、行きそこねたまま引っ越してしまい、お店の存在を知ってから10年以上、行かずじまいだった。行かなかった理由はふたつあった。

 

【懸案事項①】お店のたてつけとしてはバーなのに下戸がハンバーガー目当てで入ってもよいのだろうか
バーといえば、ふつうはビールやら何やら(下戸なのでアルコール類の知識が乏しく「ビールやら何やら」という漠然とした言い方しかできないことをお許しください)を楽しむのが主で、おつまみのようなもの(これも漠然としていて申し訳ない)を伴い、ハンバーガーが名物になっているバーであれば、〆としてハンバーガーをいただく(またしても下戸なのでアルコール愛好者の気持ちを想像できず、よく言われる「飲んだあとの〆のラーメンは最高」みたいな感じで「飲んだあとの〆のハンバーガーは最高」と認識されているのではないかと推測してみました)……という流れだと推測しているのだが、もしそれが正しければ、お店に入るなりハンバーガーを頼むような客は歓迎されないのかもしれない。そもそも利益率の高いビールやら何やらを頼まないというのもいかがなものか……と思っていたのである。


【懸案事項②】『NANA』にある程度詳しくなってから行った方がよいのではないか
そして、この店は『NANA』という作品とともに語られることが多いが、残念なことにわたしは『NANA』を読んだことがない。作中に「へえ、あんたもナナって言うんだ」というセリフがあると聞いたことがあるが、実際はそんなセリフはないという説も聞いたことがある。真偽はどちらでもよいのだが、わたしの名前はいちいち同じ名前かどうかを気にしてはいられないくらい多い名前なので、『NANA』のように、同じ名前であることがきっかけで物語が動きはじめたりはしない。読んだことがないので『NANA』も実は物語が動きはじめていないという可能性もあるが……もしかしたらふたりのNANAがたこ焼きパーティーをして、タコ以外の具を入れてもおいしいことを発見してfin……という物語なのかもしれないが、それはともかく、『NANA』を読んでから、「これが、NANAの中肉中背の方がこよなく愛していたというジャクソンホールのハンバーガーか……」などと感慨にふけりながらハンバーガーを食べた方が楽しいはずで、つまり『NANA』を読破しないことにはジャクソンホールには行けないということになる。しかし、『NANA』は21巻もあり、週末がなくなってしまうほどのボリュームで、全巻買うとジャクソンホールに何回か行けるほどの出費になる。漫画喫茶に籠もって読む手もなくはないが、ジャクソンホールのハンバーガーに想いを馳せつつ山盛りポテトを食べてしまったら認知的不協和が起きること間違いなしだ……。


これらの懸案に対して決定的な解決策が出せないまま、ジャクソンホールのことを考えすぎて、ジャクソンホールに行った記憶が捏造されつつあった。ちょうど人工知能が描く絵のように、遠目に見るとそれっぽいが近づいて見ると細部のあちこちに違和感を覚える部分がある絵……こうなってしまっては実際に行ってみて記憶に補正をかけないと、人工知能が描くバーの領土が拡張され、布多天神社や、はては深大寺や三鷹駅に至るまで記憶が変形していき、ついには世界そのものの認知が歪みきってしまう懸念すらある……これはまずいと思って調布に急行したのだった。

 

布多天神社側から見たジャクソンホール。情報量が多い。

そして、ランチタイムに開いているということは、アルコールを飲まない人も想定しているのだろうと思うことにし、開店直後に入った。

カウンターに案内されて安心した。

 

4人テーブルに案内されてしばらくするとお客さんがたくさん来て、場所を専有してしまって申し訳ありませんという気持ちにならなくてすむから安心感がある。
西部劇の視聴経験が浅いため、このテーブルがそれっぽいテーブルなのか、このお店独自のテーブルなのかわからなかったが、来てよかったと思った。布多天神社のすぐそばに異世界があったのだ。

メニューはいろいろハンバーガーがあったが、迷わず「プレミアムジャクソンバーガー」とポテトとドリンクのセットを選んだ。そして、初めてジャクソンホールに来たこの佳き日にこれだけで帰るのはもったいないので、久しく食べていないフィッシュ・アンド・チップスもお願いしたが、お店の人にポテトポテトになるがよいかという主旨のご確認をいただいた。むしろ望むところだったが、確認してくださるとはありがたい。西部劇に出てくる店で「フィッシュ・アンド・チップスにもポテトがつくことになりますがよろしかったでしょうか」などと聞かれることはないだろうし、そもそもフィッシュ・アンド・チップスはイギリスだし……などと考えている間にハンバーガーができあがった。

 

すばらしいビジュアル。わたしが漫画家だったら、やはりいい感じでジャクソンホールを漫画の中で登場さたいと思ったことだろう。
バンズが見てわかるとおり香ばしくて甘い。肉はハンバーグというよりもハンブルグステーキと呼びたくなる粗挽き感で贅沢な気分である。『NANA』の登場人物は読んだことがないなりに10代後半から20代前半と推測してみたが、同じ年齢のわたしは、こんなすてきなお店に行ったことはほとんどなく、わたしが『NANA』の登場人物なら、1巻まるごとジャクソンホールの巻になっていたと思う。

 

続いてフィッシュ・アンド・チップス登場。

思ったより平べったくて意外に思ったが、一口食べてみて魚のおいしさに感動した。フィッシュ・アンド・チップスのフィッシュには鱈が使われるものだが、おそらく甘鯛だと思う。フィッシュ・アンド・チップスはもともと大好きだがそのフィッシュが甘鯛になったらもう……サイドメニューでこんなに感動してもいいのかしら……。

 

あっという間に食べつくしてしまったが、素敵な空間とおいしい料理……やはり気になる店には入っておくべきと強く思ったし、わたしの前頭葉の機能が大して損なわれていないということも証明されて安堵したのであった。

 

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