ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

中年のための、セミの羽化観察ガイド

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(昆虫が苦手な人のために、トップ画像は、不本意ながら野良猫の写真)

わたしの見立てだと、セミの羽化の一部始終を目にしないで生涯を終える人は全人類の98%前後で、この値は、またしてもわたしの見立てで大変恐縮だが、家にレコードプレーヤーがない人の割合でもあり、家にミルサーがない人の割合でもある。わたしはそのふたつについては、2%の側にいたのだが、セミの羽化を見たかどうかでは、つい先日まで98%の側にいたのだった。

わたしはよくも悪くも、人類の残り2%側に属する人間なので、長年にわたってこのことに苦しんできた。セミの羽化の一部始終を観察してもいない人間が、マイノリティであることの苦しみや喜びについて語る資格はあるのだろうかと自問自答してきたのだが、しかし仕方のないことでもあった。小学生のころは、夏休みの自由研究でセミの羽化を絵にしていた子がいて、うらやましいと思ったものの、何日もそれらしき場所に行って観察し続ける暇と情熱があるなら、つるかめ算が完璧にできるまで演習していた方がなんぼかマシだと思っていた。今思うに、つるかめ算は方程式を習得すれば必要なくなるので、観察していればよかったと思ったが、中学生になったらなったで、パソコンを買ってもらって、セミが羽化する一部始終よりも、当時新しいゲームのジャンルとして華々しく登場した「ロールプレイングゲーム」なるゲーム、具体的には『ザ・ブラックオニキス』だったが、そのキャラクターの経験値をあげてレベルアップすることを優先していた。続編であるところの『ザ・ファイアークリスタル』の激烈な難しさに心が折れて諦めてしまったので、やはりセミの羽化を観察していればよかったと思う。高校や大学のころはセミの脱皮よりも人間の女性の脱皮に興味がつきず、サラリーマンになってからはセミの脱皮している時間は仕事をしていて、しかもセミが羽化しているというのに、とくに出世などはしていない。


前置きが長くなったが、いい歳になってくると、自分の判断ではやく帰ることもでき、ほかの楽しいこともなくなってくるので、セミの羽化の観察でもしようという心の余裕が生まれてくる。98%の側にいる中年のみなさんにとって、Tonight's the nightであるとお知らせしておく。


先に、幼虫の発見~撮影までのポイントをまとめておくので、参考にしていただきたい。

(1)フラッシュつきのカメラを常備する
撮影するぞと思って探しても見つからず、探さないで普通に歩いているときに見つける場合もあるので、コンパクトカメラを常にカバンに入れておくなどして有事に備えておくとよい。フラッシュは必須である。


(2)日没の30分前くらいから公園や神社を巡回する
場所はセミの抜け殻が多い公園や神社で、時間は日没の30分前。
日没後だと、暗くて見つけづらいし、道が暗くなってからターゲットを踏み潰してしまったら寝覚めが悪い。かといって、日中に地上に出てきてみすみすアリのおやつになってしまうようなセミは少ないので、日没前後にターゲットを発見していることが望ましい。
暗くなったらその日はすっぱり諦めて、次の日にすることが望ましい。いたらラッキーくらいの気持ちで……。


(3)虫除けとレジャーシート、夕ごはんを用意する
一箇所にとどまって撮影をするのだから、蚊にとってみればただのパーティタイムである。虫よけを使っておくと、撮影に集中できる。
見つけてから羽化が終わるまで2時間以上はかかるし、セミはせかしても早く羽化してくれはしないので、羽化中におにぎりでも食べるのがよい。
スーツの人はレジャーシートがあると安心。
なお、昆虫を見ると食欲が減退する方については、かっぱえびせんなどはおすすめできない。


(4)自然のままにする
家に持って帰るなどの方法を実践する人もいるが、羽化のプロセスに関与した場合、羽化の責任を幼虫とともに負うことになる。
羽化に失敗して死亡したとき、自分が関与しなければ失わずにいられた命……などと思うと、やはり寝覚めが悪いし、羽化の責任者まで引き受けてしまっては、サラリーマンの仕事と区別がつかなくなってしまう。「あー死んじゃったか」程度の気分でいられる人なら大丈夫だけれど。


(5)補助光を使って状況の確認をする
常にフラッシュを焚くわけにはいかないから、撮影のタイミングを見極めるため、懐中電灯や、スマートフォンの懐中電灯のアプリなどを使う必要がある。

以下は、わたしの体験談である。昨年の8月上旬の話。


セミの羽化において、長年温めていたが、温めすぎて腐ってきた疑問は以下である。


(1)羽化に適した場所をどのように決めているのか
(2)羽化中の落下の危険性に対して、幼虫はどのような対策を講じているのか
(3)タイトな幼虫ウェアをどのようにして脱ぐのか


今回、一部始終を観察して、概ね疑問が解消したため、ストレスフリーな毎日を過ごしている。


そろそろ「公園をぶらぶらして、それらしき幼虫を見つけたら追跡しよう」と思って、仕事を早めにあがって、セミがうるさい公園をうろついていた。


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近くにこんな抜け殻群があったので、高確率で出会えるはずだと思ったのである。

植えこみや道の端を丹念に見て回っていたら、10分もしないうちに見つけた。追跡開始である。
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セミの幼虫の脚は、やはり、土を掘って進むことに最適化されているので、地上、とくにコンクリートなどの上を歩くのは苦手に見える。何かにぶつかったら登ることを試みる→成功したらそのまま登って羽化、失敗したら次の障害物に出会うまで歩く……というフローになっているようである。

ツルツルの手すりを登ろうとするも、滑って登れず断念。
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稀にツルツルの場所に抜け殻が残っていることがあるが、登れてしまったら、あとは運任せにしているのだろう。誰でも登れるような木にしか登れないなら、確実に羽化できる木にしか登らないということになる。木登り技術に中途半端に長けていると、危険な構造物に登ってしまえるため、かえって危険なのかもしれない。高所恐怖症の人が転落死することがないのと同じである。


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細い枯れ草の上を歩くことすらできていなくて不安になってくる。
そんなんで遊んでいるうちに背中が割れてきたらどうすんの……。


試行錯誤の末、これという木を見つけたようである。
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わたしも、この木ならこの子の羽化を支えてくれると確信した。


いったん決めてしまったら、迷いはまったくなく、これ以上進めない、というところまで進む。
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これ以上進むと落下するところまできて、羽化に向けて方向転換をする。
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方向転換が終わったあと、しばらくとどまっている。


背中が割れるまで待つ。
何らかの固定をしないと羽化に耐えられないだろうから、抜け殻側の脚の関節が固まるまでの時間だと思われる。
単にぼんやりしているだけかもしれないけれど……。この間、人類はディナータイムである。
わたしは近くのコンビニに行って、おにぎりと唐揚げ棒を買った。
蝉の幼虫が茶色かったので、唐揚げ……と思ったのだ。


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とどまり始めて40分ほど経過したら、背中が割れた。割れたと思って撮ったらすでに半分近くが露出している。
一生に一回のことなんだから、もっとゆっくりしてもいいじゃない。


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手前の葉に当たって落下しないか心配であるが、落下したとしても、わたしは羽化そのものには関与していないので無罪である。
……と自分に言い聞かせないと平静が保てないほど心配になる。


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このままのけぞりながら殻を脱ぐ。体を震わせながら脱いでいる。風が吹いていなくても木の揺れる音が聞こえる。
だんだん細くなってくるから脱ぎやすいのだろう。


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腹部の先端で殻を掴んで全身を支えているように見える。


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黒目が最高にCawaiiiiiiiiiii!!!!!!!!
セミ嫌いの人もこの瞬間を見たら好きになるのではないだろうか……。
(だいたい昆虫好きのこういう推定は的外れであり、この程度で好きにはならない。)

じゅうぶん脱げたら今度は腹筋を駆使して尾を抜き、殻のうえに戻る。脱出は完了である。
腹部の先端がだらしなく伸びているので、体を支えるのに使っているというのではないかと思う。
むかしは、抜け殻の白い糸みたいなもので支えているのだと思っていたが、それは違うようだ。



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脱ぎ終わったあとは、体が固まり、羽根が伸びるのをじっと待つ。
これで完了である。
一世一代の大仕事を馬鹿にするつもりはないけれど、昆虫好きが見ても、ちょっと腹部の先端が気持ち悪い。
かつて『がきデカ』という漫画で、主人公のこまわり君が、男性器で物を運んでいたりしたが、同じようなことを実在する生き物がしているのである。


先述の疑問については、(1)登れるところに登ってあとは運任せ(2)腹部で支え、最後に脚で殻を抱えるようにする(3)体を震わせる……である。
(2)についてはいまだに100%の自信が持てない。


この小さな生き物が、先天的にこんなややこしい動きをするようインプットされているとは……と、あらためて驚いた。
わたしは、「セミの羽化を見届けた人」になることができて、満足している。


98%の側にいる中年のみなさんも、平日の夜でもできるので、ぜひチャレンジしてみていただきたい。



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