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ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

男の座りションは、快適な便座からしか始まらない

残念ながら、女の人から夫の愚痴のようなものを聞かされることが多い。
わたしは抜群の忍耐力を備えているし、しかも話を聞いているふりがうまいからだ。
わたしの知るかぎり、愚痴子は夫の愚痴と仕事の愚痴を交互にmixするDJ的な存在なのだが、どちらの愚痴が聞きたいかといえば、夫の愚痴である。なぜなら、仕事の愚痴を聞いていると、いわゆるひとつのサービス残業をしているかのような気分になってしまうからで、夫の愚痴なら、私的な時間を愚痴聞きで食いつぶすのはいかがなものかと思うものの、少なくとも、私的な時間を過ごしていることを確信できるという意味において、アドバンテージが感じられる。

便座を上げたままの夫問題

そんなプレミアムでアドバンテージなカンバセーションでよく挙がるのが、夫が便座を上げたままである件で、わたしはそのたび内心驚いている。もちろん便座を上げたままの男性が存在するという事実にではなく、ベンザブロックが痔の薬ではなくて風邪薬であるという事実にでもなく、わたしが愚痴子から「こっち側」と思われていることにである。「こっち側」とは何か。「こっち側」とは、便座が常にセットされている理想郷であり、そこの住人たちは生ハムの原木で組まれた家に住んでいて、テレビは4Kで、加湿器と空気清浄機の機能の機能を併せ持った無難なデザインの白い箱が各部屋に備え付けてあるのだ。
そんな「こっち側」に加えてくださり、少々不安である。なぜならわたしは、彼女らの夫と同じく、本来は、「そっち側」の人だから……。

便座を上げっぱなしであることに異議を唱える人はつまり、便座を元通りにしていれば問題なしとしてくれるのだから、まだ心の広い人物と言えるかもしれない。内心、立ちションを撲滅したいと思っているのに、立ちションを、便座を元通りにする限りにおいて大目に見てやると言っており、大幅な譲歩をしてくれているのである。そもそも、「座りション」という呼び方が不当であると思う方も多いかもしれない。「ションには二種類あって、ションと座りションである」という考えは不当かもしれない。「ションには、ションと立ちションの二種類がある。ションといえば座ってするションのことを指し、立ってするションはイレギュラーなションにあたり、通常のションとは分け、武力行使も視野に入れて対処すべき」と考えるのが正しいのかもしれない。

しかし、少なからずいる、通常のションは立った状態のションであると考える人々にとって、わざわざ便座に座ってションをするのは非常に面倒である。立った状態でのションは、事後に念入りな掃除が必要であるとわかっていたとしてもである。コカイン中毒の患者が逮捕されるとわかっていてもやめられないのと同じであって、抑止するためには発想の転換が必要である。ちょうど、コカインの市場への流入を抑止するためにマリファナを合法化し、「コカインはリスクが大きいしマリファナでもそれなりに愉快な気分になれるから手を打つか……」と常習者たちに思わせ、ある程度のハードドラッグの抑止に成功しているオランダの事例を見習うべきなのである。

マリファナ=便座カバー理論

結論から言うと、立ちション患者であるわたしにとってのマリファナとなったのは、便座カバーであった。立ちションを罹患していたとき、汚れを拭き取りやすいからという理由で便座は生の状態にしていた。しかしこの考えは根本的に間違っていた。ひんやりした便座にわざわざ座りたいと思う変態はいない。「立ちションしても掃除が簡単」というのは、立ちション撲滅の施策としては不十分で、「座りションにして掃除の回数が減る」方が建設的。座りションも悪くないと思えるよう設備を整える必要があったのだった。

いままでの便座カバーは、赤ちゃんのタイツのようなしつらえで、U字状になっている便座に履かせるようにして取り付ける。それがさほど気持ちよいものではないことは周知の通りである。たしかに生便座よりも暖かいことは確実ではあるが、先ほどのコカイン→マリファナの喩えで言うなら、コカイン~ココアシガレット間と同程度の隔たりがある。コカインをココアシガレットで我慢できたら警察はいらない。しかも洗濯したての旧式の便座カバーは縮んでいて、便座に履かせるのが難しく、無理やり履かせるために全体重を便座シートに預けた結果、バランスを崩して便器の泉にあたる部分に手を突っこんでしまう危険性があって、そうなってしまうと、こんなに汚れた人間が使う便器を掃除する必要があるのかと疑わしくなってくるのだが、ある日わたしは、テクノロジーの進歩により、便座カバーが便座カバー2.0に進化していることに気づいた。便座カバー2.0は、便座の上から貼って取り付ける。そのため、厚みを持たせることができるのだった。もしかしてわたしの座りション生活はここから始まるのではないか……と思って注文した。
そしてこれが立ちション派にとってのマリファナの勇姿である。

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どういう仕組みか把握しきれていないが、便座に吸着させることができる。

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従来のカバーの何倍もの厚さである。
調布のとんかつ屋でこんな厚さのカツを出す店があったのだが、いったん閉店して再開後、店はこぎれいになってカツが薄くなってしまっていた。

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その厚さゆえに、便器のふたが完全に閉まらなくなってしまうのはご愛嬌。

この便座カバーの商品名は忘れたし、思い出すことはわたしにとって何の意味もないのだが、ふわふわで、何色か出ていて、スカンジナビアングレーやスカンジナビアンパープルなど、スカンジナビアンで統一されていた。このネーミングのセンスがボディーブローのように効いてくる。北欧モチーフの製品は陳腐化しつつあるにしても、少なくとも便器界隈ではまだまだオシャレな部類に属するし、北欧といえば福祉が充実しているので、便座もふんわりしているようなイメージ。そして、そもそも、寒冷な地域の便座が暖かくないはずがない。

瞬く間に取り付けは完了し、ションもしたくないのに座してみたのだが、いままで体験したことがない快適さだった。

幻の「生尻ソファー」体験が何度もできる

あなたは(突然の読者への呼びかけ)生尻でソファーに座ったことがあるだろうか。
わたしは3回くらいしかなくて、気持ちよかったが、汚れてはいけないと思ったのですぐにパンツを履くことで、かろうじて文明人としてのメンツを保った。
この便座カバーは、合法的に、幻の、伝説の、「生尻でソファー」をノーリスクで好きなだけ体験できる装置なのである。立ちションをやめられなかったわたしが、いまは喜んで座りションをキメており、ときどき、ションの終わったあとも名残り惜しくて、しばらくぼんやりしていたりするほどである。


晴れてわたしは「こっち側」の人間となった。
しかも「こっち側」の中でも幹部候補になっていると自負している。便座を上げたままの夫の話を聞いても「ふーん」と返すのではなく、「便座の上げ下げというより、そもそも座ってしろという話だよね~~」と返せるようになり、幸せを噛みしめている。



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