チーズ牛丼の略称「チー牛」が侮蔑語として使われる前から、チーズ牛丼のことはnot for me だと思いこんで、食べようと思ったこともなかったが、侮蔑する記述を繰り返し眺めるにつけ、だんだん「オタクのソウルフード」のような感じがしてきて食べたくなってきた。
ただ、わたしのソウルフード観も非常に大雑把で、「アメリカ南部のアフリカ系アメリカ人が食べていた内臓の煮込み」程度の認識しかなかった。前半は間違ってはいないとしても、「内臓の煮込み」って何やねん。先日わたしが1000円寄付したことでおなじみのWikipediaの「ソウルフード」で検索してみたら、部位はともかく揚げたものが中心だった。煮込みだとうっすらヘルシーで、抑圧された民の不健康な食事というイメージから少し離れてしまうし、日本のモツ煮込みと混同していたようである。なお、部位についても、豚の内臓だけでなく、たとえば鳥のもも肉も該当するような記述があり、それならそんなにキツい食事でもないのではと思ったのだが、好きで食べるのと、それしか選択肢がないというのは状況として異なる。
そもそも、オタクは少なくとも経済的には抑圧されていたりはしないので、ソウルフードに位置づけてしまうと、文化の盗用との誹りを逃れられない。「B級グルメ」などと思うのが妥当かもしれないが、いずれにせよ、チーズ牛丼が、高級なものではないが、その分おいしさの本質を捉えたメニューのような気がしてきたのであった。
そしてある休日の朝、わたしはチーズ牛丼の聖地であるところのすき家に向かったのだった。
朝起きてチーズ牛丼を食べにいくところから本気度を知っていただきたい。「ランチでよく行く店が混んでいたから比較的混雑していないすき家に行った」などという理由ではないのである。
わたしは堂々入店し、迷いなくチーズ牛丼を選んだ。それだけだと罪悪感があるので、オクラ入りのサラダも頼んだ。

チーズ牛丼の実物を見て、「なぜ牛丼にチーズをのせるの?」と思ってしまったのだが、「なぜ蕎麦にラー油を入れるのか」に興味本位で入ってみて、想像以上においしかったので、「すき家=なぜ牛丼にチーズをのせるのか」だと思いなすことにした。
せっかくなので近づいてみよう。

溶けているのがエグモントチーズ、溶けていないのがレッドチェダーチーズとモッツァレラチーズというインターネット情報を得た。ひとりだけ溶けていると、ほかの二人もがんばったら溶けられるんじゃないのと思ってしまうが、がんばりの問題ではない。そしてひとりで溶けてチーズ感を一手に引き受けているエグモントチーズのことを恨むのは筋違いというものである。ひとりでサービス残業をして賃金のダンピングをしているわけではないのだから……。

特に頼んだわけでもないタバスコが添えてあった。メニューにも「タバスコつき」とあった。「お好みで使うのだな、わたしはチーズ牛丼の素材の味を味わいたいからいらないが……」などと思いながら食べはじめた。
あまりにも想像どおりの味だった。牛丼の上にチーズがのっている、チーズがのっていることで牛丼がまずくなったりはしないが、コロッケそばのような1+1が2ではなく4くらいになるような味の相乗効果は感じられない。コロッケそばに4を感じてしまう件については、回を改めてお話ししたい。
そして、タバスコが席に常備してあるのではなく、チーズ牛丼を頼んだときのみに添えられる意味について考えてみた。おそらく、牛丼にタバスコをかけてもさほどおいしくはならなくて、チーズ牛丼にかけたときにおいしくなるのだろう。
……などと考えながらタバスコをかけてひとくち食べてみたら、その変貌ぶりに驚いた。
1(牛丼)+1(チーズ)+1(タバスコ)=5くらいになっている。
牛丼とチーズの違和感がタバスコによってたちまち解消し、それぞれのおいしさを引き立てはじめたのである。
よく考えてみれば、この組み合わせはタコライスに近い。レタスとトマトがないものの、ごはんの上にひき肉とチーズがあって、タバスコをかけて食べる。タコライスの野菜について「別に……」と思う人であれば、タコライスよりも魅力的かもしれない。「チーズ牛丼=和製タコライス」の公式が浮かんだ。タコライスがもともと和製なのだがそれは措いておこう。タバスコをかけたとたん、和洋折衷のおいしいごはんになったのだった。
チーズ牛丼をいちど頼んでしまったら、次に行ったときにはふつうの牛丼を頼む気にはなれなかった。圧倒的に「足りない」と思ってしまったからである。
念のため、すき家ではない店でチーズ牛丼を頼んでみたのだが、そのときはタバスコはなかった。唐辛子をかけて食べたらいいのかなと思ってかけてみたのだが、そういうことではなかった。

辛ければよいということではなく、お酢があることでのさっぱりした感じが不可欠なのだろうと理解した。
では、チーズ抜きの牛丼+タバスコはどうなのか。
こちらもまたおいしくないに違いないと思ったが、念のためたしかめてみた。

牛丼をテイクアウトして、よく行く公園の絶対に人の来ないゾーンで、あらかじめ購入したタバスコをかけて食べたのだが、予想外においしい。チーズがあるときと比べて少し足りない気がするが、じゅうぶんなおいしさである。おろしポン酢でいただくとんかつなどがあるが、それらに近い味で、さっぱりした牛丼が食べたいのであれば、ぜひまた食べてみたいと思う味だった。
思いかえしてみると、かつてわたしは「たらこスパゲティ」に対してもチーズ牛丼と同じ感情を抱いていた。たらこ=牛丼、スパゲティ=チーズである。好んで食べることはなかったのだが、ひとり暮らしをするようになってから多用している。
「チー牛」と揶揄してくる女性への反撃として「豚丼」という侮蔑語があるが、投稿をよく見ると「チー牛」と言っている人の指が写っている写真を見て、その指が太いことから体全体が太っていることを揶揄していた。指が太いだけで体全体としてはスリムである可能性もあるし、そもそも言い過ぎである。「チー牛」は、少なくとも表面上はチーズ牛丼を頼む嗜好の是非が問われているにすぎないが、「豚丼」は、おもに女性の体型について言及しているのである。なので、正しく女性に対して反撃するなら、「たらこスパゲティ」などがよいような気もするが、いずれにせよ、けんかはよくないというのがわたしの認識である。
▼YouTubeも再開したのでチャンネル登録をお願いいたします!
▼Xも細々とやっているのでフォローをご検討ください。