日に日に秋の気配が濃くなりつつあるというのに今さらひまわりの話なんて意味あるのと思われた方もいらっしゃるかもしれないが、少なくともスーパーの肉についているパセリの写真のフィルム程度の意味は有していると確信している。ひまわりは咲き終わってからがいいという話。
「ひまわりガーデン武蔵村山」が今年の8月14日をもって閉園になるとわたしが知ったのは、8月10日の夜のことである。あわてて確認してみると、開園したのは7月の最後の週。以前、同じ場所で春に開催されていた菜の花ガーデンに行ったことがあり、夏になったら行くぞと思ったまま存在を忘れていて、7月は町田市・小山田の蓮に夢中だった。
蓮は個体によって咲くタイミングにばらつきがあるがゆえに、咲いた花の影で出番を待つ蕾などが鑑賞できて非常によい。たしかに陰気なオッサンからしてみたら蓮>>>ひまわりなのだから仕方ない。蓮のことは漢字で書くが、ひまわりのことを「向日葵」と書くことには強い抵抗がある。当て字は好きではないし、当ててある字もキラキラしていて見るだけで胃がもたれる。しかし、ひまわりガーデン武蔵村山が今年で最後なら絶対行かないと絶対後悔するだろうと思ったので、仕事を終えて寝て起きて11日の朝に行ってきたのだった。
ひまわりガーデン武蔵村山は、多摩モノレールの上北台駅から徒歩15分程度のところにある。この場所はもともとは団地を取り壊したあとの空き地で、空き地を空き地のままにしておくと不法投棄があったりしてよろしくないという理由で、ひまわりや菜の花を植えはじめたのだった。
病弱な子のために土地を持っていた親が元気になるよう願いを込めてひまわりの種を植え……などという感動的なお話ではないが、よく考えてみたらこれを書いている時点ですでにない施設なので、ひまわりの話に集中したい。
以前、ひまわり園のようなものを見たのは、立川の昭和記念公園で、咲き誇るひまわりの姿に圧倒され、ひまわり園はnot for meかもしれないと思っていたのだが、この日見たひまわりはあのときと違った。端的に言って、わたしが情報をキャッチするのが遅かったため、多くのひまわりが咲き終わっていたのだった。
昭和記念公園のひまわり園の10倍の規模のひまわりのほとんどが頭を垂れている。期待していたものとはまったく違ったのだが、むしろこの風景の方が好ましいと思ったし、うなだれがちなわたしは共感してしまう。花ひとつが人ひとりだとしたらこんなに多くの援軍が……と思った。何の軍か知らんけど。
そして、まだ咲いている花たちも、頭が下がっているので覗きこむようにして見ることになる。
無数のひまわりを覗きこんでいるうちに過去の記憶が脳裏をよぎった。難しい感じの人と難しい関係になると、往来に人目もはばからず立ちつくす難しい人を覗きこんで宥めたりすることになるが、まさに同じ動作であって、咲き終わったひまわりを鑑賞するとき、一般的な花を鑑賞しているときの気持ちとまったく異なるところにあると感じた。
まだ咲き誇っているひまわりも2割ほどあった。
1.5~2メートルのところに人間の頭くらいの大きさの花をつけるので、人間に見立てずにはいられない。
「ひまわりのような人」というと、アグネス・ラム先生を想起してしまう。おそらく平成生まれにとっても同じような「ひまわりのような人」がいるはずだが、それは誰だろう……綾瀬はるか先生だろうか?そうでもないのだろうか?綾瀬はるか先生もああ見えて、ひとり旅に出て、東尋坊の電話ボックスに入って張り紙やビラを見るなどしているのだろうか。
風にそよぐ花びらは髪のように見え、風吹ジュン先生を想起する。
突然変異的に2.5メートルくらいの高さに育っているものもいる。背は高いのにつけている花は小さい。はじめて大谷翔平先生を見たときの感動を思い出した。
そして、筒状花が思わせぶりに失われている個体もあり、ここまでくると人との相違点を挙げることが難しい。
会場内には幸せいっぱいのファミリーがいて、さらに咲いているひまわりがセレブリティに見えてしまって気持ちに余裕がなくなってきたので、咲き終わったひまわりたちのコーナーに逃避しよう。
咲き終わったひまわりのコーナーを歩いていると、「もう終わってるね、もっと早くくればよかったね」という声が聞こえてきた。たしかに平均的な感受性の持ち主からすると、ひまわりの本質は花にあり、その花びらが枯れて花が垂れていると「終わっている」のかもしれないが、ひまわりの立場からすると、首尾よく受粉を終えて、種が順調に育っているから花が垂れているのである。もしこれが人間ならどうだろう。この状態にある人間に対して「もう終わってるね」などと表現するものがいたら、1万RTされて、その1万RTのうちの8割超がコメントつきのRTになるに違いない。花が咲き終わっていることが植物そのものの終わりと考えるのは一面的なものの見方なのかもしれない。
……などと思考を巡らせながら写真を撮っていると、いつのまにか10時になっていた。10時とは、村山ホープ軒の開店時間である。
10時10分に行ったらすでに満席で少し並んだのだが、開店前から並ぶ猛者たちは食べるスピードも素晴らしいので、5分も並ばずにニンニクチャーシュー麺にありつけた。
豚骨の強烈なスープにもちもちした麺……無数のラーメン屋がひしめきあう現代にあっても印象深いラーメンだが、1975年の創業当時の衝撃は絶大だっただろうと思う。
かくして「東村山ひまわりガーデン」は公開を終了したのだが、同じ場所の「東村山菜の花ガーデン」は来年の春に最後の公開があるようなので、菜の花が咲き乱れて、好きとも嫌いともいえない独特の臭気を放っているのを体験したい方はぜひ行ってみてほしい。