ドラッグに類する粉の多くはエクスペンシブであり、気持ちよくてエクスペンシブなものに囚われてしまったら、その気持ちよさを追求するためエクスペンシブ性に目をつぶり続々とその粉を購入し、やがて破産してしまうという危険性をはらんでいるので、粉を見たときにわれわれは以下の点に気をつけなくてはならない。
①その粉はエクスペンシブなものではないか
→エクスペンシブであるかどうかの目安は人によるが、借金をしてその粉を購入していたら、その粉はどう考えても身の丈に合わずエクスペンシブである。
②その粉に常習性はないか
→常習性とは、「それを摂取しないと禁断症状が出て、生活が困難である」ということ。仕事の疲れを粉で癒やすことがあってもよいが、その粉を入手するために仕事をするようになってしまうと、主従関係が逆転してしまい、人生を粉に支配されているということになる。
③その粉はファッショナブルでないか
→たとえば映画でその粉をファッショナブルに摂取しているシーンがあれば、若者たちはゲーム感覚で摂取してしまうので危険である。もしその粉が映画に登場したとしても、その粉を常用しているがゆえに異性に相手にされない……などの描写を伴うことが必須であり、不良男女が集まって摂取したあと事に及ぶような粉であってはならない。
たとえばコカインについて確認すると、見事に①②③すべて「×」である。さすが幾多の有名人を天国へ導いただけのことはある。アンフェタミンは③については「シャブ」という、聞くからに面白い俗名がついていることから「○」であるが、①②は「×」でありお勧めできないし、そもそも持っていたらブタ箱行きである。
では、桂花ラーメンのスープを飲み干したあとに器の底に鎮座している例の粉末はどうだろう。
(ご存じない方のために完飲して撮影してきたので労ってほしい)
おそらく①②③とも「○」であり、適当ではないかと思ってしまうが、カルシウムが摂取できるかもしれないにせよ、肝心のおいしさという点では疑問が残るし、常習性という意味においてはむしろマイナスである。
―ここまで書くと、そんな都合のよい粉があるのかしらと思うかもしれないが、①②③とも「○」になるものは存在する。今回紹介する韓国の茶色い粉である。世の中には基本的にうまい話はないが、「めちゃくちゃ勉強して偏差値の高い大学に入ると、就職活動が少々楽になる」という程度のうまい話なら存在するし、諸国のおいしいものに目を光らせていれば、おいしいものにありつける確率は上がるのである。
ここまでのまとめは「おいしい粉があるよ」の一言で要約可能で大変申し訳ないが、本題に入りたい。
韓国の茶色い粉が、上記にあてはまるありがたい粉であり、そのすばらしさをお伝えしたく、筆を執った次第である。
その茶色い粉はエゴマの粉。韓国料理で登場するのは、おもにカムジャタン(じゃがいもと豚の背骨の鍋)で、提供されるとき、あらかじめ上に振ってあることが多い。日本の食べ物で近い位置づけのものはゴマだけれど、ゴマより素朴な香りがする。以前より、この粉は何だろうと思っていたのだが、単体で簡単に入手できることを知って驚いた。値段もゴマと同じくらいで、手頃な値段で入手できる。首都圏在住の方なら、大久保の韓国料理の食材の店―といってもわたしが知っているのは「ソウル市場」のみなのだが―の、出汁や調味料のコーナーに置いてある。
これがわたしが買ってきたエゴマの粉。500グラムで750円。コカインの約1/13000の値段である。(念のためだけれど、コカインの安さを強調するコーナーではない)
種の殻が入っていない粉末も売られているが、種の殻のモサモサした感じや苦味も魅力なので、このようにまだらになっている粉を選びたい。
パッケージの女性のお召し物を見て、襞になっているところに粉が入ってザラザラしそうだなと余計な心配をしてしまう。
成分は、エゴマの粉だけでなく、もち米が入っている。大量に使うと独特のとろみが出てくるのだが、おそらくこのもち米によるものだろうと思われる。
用途であるが、家でカムジャタンを作りたい場合はもちろん、インスタントラーメンの上にかけると、飛躍的においしさがアップするのでお試しいただきたい。
もっとも相性がよいのは、インスタントラーメンの中でもカムジャタン寄りの辛ラーメン。特に辛ラーメンの兄貴分にあたる辛ラーメンブラックと組み合わせると最高である。
辛ラーメンブラックは辛ラーメンの上位互換で、その増額分のすべてにあたる牛骨スープがすばらしく、経験してしまうとふつうの辛ラーメンは食べられなくなってしまう。上位モデルであることをわかりやすくするために「辛ラーメンゴールド」にしたらいいのにと思うのだが、韓国における「黒」というのは豊かであることを象徴する色なのかもしれない。
このように大量にかけるとスープがマイルドかつ豊かになる。マッチングの度合いが著しく、毎度入れていたらなしでは過ごせなくなってしまう。
よく混ぜて食べると最高なのだが、絵柄的にまずそうに見えることは承知している。
「じゃあ、セブンイレブンに置いてある中本はどうなんだ?」という声が聞こえた気がする。明らかに幻聴であるが、試してみると同じ効果が得られる。
器が小さいのでエゴマの粉にすべて隠れてしまっているけれども、入手した暁にはこれくらい盛っていただきたい。
また、辛ラーメンや中本のラーメンは辛すぎて苦手な人や、近所で入手が難しいという人には塩ラーメンがおすすめ。塩ラーメンにはゴマがついていて、それが魅力的であることはご存知かと思うけれど、あのゴマが装いも新たに無限増殖してやってきたと思っていただければ素晴らしさが伝わるかもしれない。
念のため先住民であるところのゴマを一番上に載せてみたけれどもゴマへの敬意は伝わっているだろうか……。
なお、韓国風味を高めてくれるこのスプーンは東京蚤の市で購入したアンティークで、1枚の真鍮の板から作られたようである。
何百年前のものかしらと思うかもしれないが、この黒ずみのほとんどは、恥ずかしながらわたしが買ってからついたものである。
Instagramなどで、白い壁をバックに撮ると当世風になることを学んで実践してみたのだが、ちょっと違う感じ……やはりオッサンがすると違うのかもしれない。
見た目からはそのおいしさがまったく伝わってこないと思うけれども、こんな簡単で安くておいしい粉が、韓国のスーパーでも端っこに追いやられているのは大きな謎である。わたしはこの粉を常備しているし、仕事がうまくいかない日があっても、「まあ家に帰ったら茶色い粉があるし」と思えて心の支えにもなるのである。
インスタントラーメンを食べると負けた気分になると思いつつもインスタントラーメンがやめられない中年の皆様におかれましては、エゴマを盛りさえすれば、堂々と胸を張って食べられ、自己肯定感も高まるはずなので、強くおすすめする。