ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

鬼の伝説で知られる山城、岡山「鬼ノ城」は、下級鬼の気分になれて最高に楽しい

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一般的には観光地が少ないと認識されている岡山だが、実はぜんぜんそんなことはなく、見どころが多すぎて困るくらいですよ……という話。
昨年、総社近辺の巨大古墳を紹介したけれど、今回は鬼が住んでいたという伝説が残っていた山城の話。「鬼ノ城跡」と表現されていることもあり、「跡=何もない」と思っていたのだが、行ってみると跡だらけで見どころ満載。昨年行ったのだけれど、詳細は変わっていないので参考にしていただければと思う。
 

船を漕がず、電車に揺られて鬼の城へ……いい時代になったものです

吉備線は、いまは桃太郎線と言われて正面は日本昔ばなし風の鬼と桃太郎、側面は最近のアニメ風の鬼と桃太郎が描かれていて、老若男女に完璧にアピールしている。

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たとえば吉備津彦命がこの国を平定したことが伝説の源流であると考えるなら、奈良からきた桃太郎が岡山にいた鬼を倒したことになるし、そう考えないにしても、岡山に鬼の城があることにしているのだから、桃太郎よりも鬼を推した方がよいのではないかという気もするし、桃太郎線で描かれている鬼も、かなり好意的なタッチで描かれている。

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岡山で新幹線を降りて、桃太郎線に乗って30分もしないうちに服部駅に着く。
あたりまえだが、東京駅で新幹線を降りて30分しても、こんないい感じにはならない。

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自分が桃太郎だったなら、猿や雉たちと「こいつら役に立つのかな」などと内心思いつつネゴシエーションしてから船に乗ったりしなければならなかったが、現代の観光客は、ふつうにSuicaで行けてしまうのであった。
 

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駅を降りて少し歩けばのどかな田園地帯。
 
ノーマルな感性の持ち主は、ここからタクシーで鬼ノ城まで行くと思われるが、わたしは歩くのが好きなので、徒歩90分コースを選択した。観光と思えばかなりの距離に感じられるが、登山と位置づければ、道も歩きやすく、さほど体力を消耗することもない。
 

途中の砂川公園だけで満足してしまう

徒歩90分の道といっても何もない道を歩くのでははなく、道中はハイキングに近い。

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途中の砂川公園は名前のとおり砂川沿いにある公園で、東京都民が考える「公園」とは違う、広々としてワイルドな佇まい。

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長すぎるウォータースライダーもあり、夏休みには大活躍しているのだろう。
 
この公園だけでも来てよかったと思ってしまうが、このあとの行程も盛りだくさんなので先に進まなくてはならない。
 

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公園の端の分かれ道から右に進む。この道は鬼ノ城方面に行く人しか使わないので、あまり車に出会うこともなく、道路とはいえ、ゆるいハイキングコースのよう。
 
途中で「鬼の釜」という詳細不明の釜を見かけた。

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純朴な人なら、本当に鬼がいたのかもしれないと思うことだろう。実際はじゃんけんで負けた人がイノシシを煮こんだりしていたのだろう。
 

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湧水は積極的に飲んでいく派なのだが、威風堂々としていて気おくれして飲めなかった。
 
夢中で歩きまわっているうちにビジターセンターに到着。

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歩いて鬼ノ城に来ていたのはわたしだけだったので、この駐車場にある車が訪問者のすべてである。日曜の昼に、広大な山城に来ているのがこれだけ……岡山駅では何枚もポスターを見ていたので、それなりに混雑していると思ったのだが、ラッキーを通り越して、ブログでも書いて鬼ノ城のよさをお伝えしなければという使命感を覚えてしまう。
 

ビジターセンターで、鬼ノ城の正体がおよそ把握できる

ビジターセンターでは、鬼ノ城を概観でき、このあとの道中が楽しくなるので素通り厳禁である。

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鬼ノ城は、その名のとおり、鬼が住んでいたという伝説が長年にわたって語り継がれてきていたのだが、実際に学術調査がされたのは1970年代に入ってからで、大和朝廷が防衛のために築いた山城と推定されたのも最近のことである。白村江の戦いでベコベコにやられた大和朝廷は、唐と新羅の連合が日本を侵攻することを警戒し、西日本各地に防衛網を構築した。有名なのが、太宰府近くにある大野城。たしかに唐や新羅方面から日本を攻めるとするなら、本土で最初にターゲットになるのは福岡なので、そこに城を置くのは当然と思われる。
―しかしここは岡山である。海が近く、頂上が周囲を監視するにはよい立地であるとはいえ、それは瀬戸内海で、こんなところにまで城を建てるとは……まさかと思っていたから発見が遅れたのだろうし、当時の朝廷が、どれだけ敗戦に危機感を持っていたのかが想像できる。
 

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この板は想像で作ったもので、当時はどんな文様が描かれていたのかはわからないが、こうであってほしいという気持ちはよくわかるし大好きだ。
 

鬼ノ城のメインビジュアル、西門だけでごはんが何杯でも食べられそう

ビジターセンターを出て10分も歩けば、鬼ノ城のメインビジュアルであるところの西門が見える。

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ポスターなどでよく見かけるのはアップになっているところだけれど、引いてみると、遠くからでも埋もれずによく見える。つまり、この門から外界がよく見渡せるということ。
 

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2階の魔除け的な板がなかったらだいぶん地味になっていたはずで、この復元を手掛けたご担当者様のセンスは素晴らしいというほかない。

 

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西門から城内に入り、城郭をぐるりと回れば、防人の仕事を体験できる。頂上が平坦な山だからという理由でこの山に城が建てられのだが、いうても山であるから、監視業務も楽ではない。
 

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城の内と外を隔てる柵。
柵の姿は想像にすぎないのだが、近世の城壁のような頑丈なものではないことはたしかだろう。
 
この柵に沿って、自分が下っ端の鬼になって警備をしている気分で歩くと楽しい。f:id:kokorosha:20190521215332j:plain

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下界がよく見えるが、昔は妻が田んぼで知らん男と逢っていたりするところを目撃してしまったりしたのかもしれない。そういうことは茂みなどで実施すべきなのだろう。

度重なる干拓によって吉備線沿線を旅していても海に近いという印象はまったくなかったが、雲がちな天気でも瀬戸内海がよく見えて、監視したいならたしかにここだよねと思う。昔はもっと海が近かったからなおさらである。

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結局のところ、この城が唐や新羅の連合に攻め落とされたりすることはなかったのだが、もしそのとき海に船の大群が見えたら絶望したに違いない。
なお、当時、鬼ノ城からもっとも近かった内海の吉備津からは10km強の距離があるので、船を発見しても、たいして軍備や作戦の猶予はなかっただろう。
 
山城というと、山の頂上にぽつんとあるイメージかもしれないが、頂上付近がある程度平坦で、兵站(←地味すぎて気づかないと思うが駄洒落である)を確保できないと城としては意味がない。攻めにくさだけを重視して険しいだけの山を選ぶわけにはいかないのである。
 

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ここは倉庫の礎石。

石の密度が高いので、かなり重量のあるアイテム(ex.武器・穀物)をおさめていたと思われる。

 

f:id:kokorosha:20190521215340j:plain通称「屏風折れの石垣」。

この風景だけを見ると沖縄の何とかグスクに来たようで、ラッキーな気持ちになる。

 
頂上付近に温羅の碑が建ててある。裏には昭和12年とあった。

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この碑が建てられたころは、日本防衛のための山城だったことなどは未解明だったし、仮にそう思っていた人がいたとしても、天皇機関説事件があったような時代なので、さぞかし言いづらかったはず。
 

廃城となってからの信仰の歴史を示す、皇の墓と岩切観音

鬼ノ城近くは、城としての機能を失ったあと、山岳信仰の対象となった。山岳信仰といえば比叡山を思い出すけれども、山城に適するほど見晴らしがよい山は、つまり信仰の対象となるほどよく見える……ということである。

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高い頻度で祠の跡があって心のコンビニエンスストアかよと思ってしまった。
鬼がいたという伝説を信じていたなら、そんな汚らわしい場所で修行して何になるのと思うはずで、とても意外であるが、昔の人は宗教的なpurenessみたいなのには案外無頓着だったのかもしれない。
 
この整然と並べられた岩の中に岩切観音がある。

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岩に直接観音を掘っていて、アニミズムやなぁと思うが、掘られたのは案外新しくて江戸時代。
 

これの大切にされている風の墓標は、近くの岩屋寺を創建した善通大師の墓と推定されている。こちらも原型をよく残していると思ったら南北朝時代のものらしい。

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鬼との関係を妄想してしまう、すばらしい形状の岩

何かひとつの事象が陰謀によるものと感じられたら、その周辺の何もかもがその符牒であるかのように感じられるものだが、この地が鬼の住む土地だと思ったら、この岩も、鬼が運んだ岩にしか見えないに違いない。

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これは「鬼の差し上げ岩」と呼ばれている。

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近くで見ると素晴らしい迫力で、地殻変動の偶然ではなく鬼が持ち上げたものであると思ってしまうのも無理はない。
 
岩の形もなかなかユニークで、拝んでおいた方がいいかもという気にさせる。

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岩の割れ目がそういうふうにしか見えない。歴史的にそういう風に見られてきたのかはわからないが、大事にされているようではある。
 

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さらに進むと現役稼働中の棚田を発見。

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以前、棚田にあるということは、山奥の空気や水がきれいなところで作られたのでおいしい……という話を聞いたことがあり、それから棚田を見ると食欲が増進するようになってしまった。
 

最後に寄りたい驚きのカフェ、「太一や」

ぐるりと一周したあと下山したのだが、途中で謎めいた店の看板を発見。

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しばらく奥に進んでいくと、ごちゃごちゃした古民家にたどり着いた。

 
 
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いわゆるひとつのほっこり系―「ほっこり」の誤用があまり好きでないので「いわゆるひとつの」を挿入しないと気がすまない―の店かと最初は思った。
 

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しかしよく見てみると、プリミティブで雑多な宗教的アイテムが満載で不思議な気分である。和みつつも緊張するというかなんというか……。

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いかにもスパイシーなカレーを供してくれそうなお店だなと思ったら、やはりスパイシーなカレーを供していて、スパイシーなカレーがおいしかった。
 
民家の懐かしさと、理解不能なアイテムたちの違和感が同時にやってきて、不思議な感覚。鬼ノ城からの帰途での感傷を吹っ飛ばす、すばらしい店である。

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開いていたらぜひ行くことをおすすめする。

 
 

夜はライトアップされた岡山城がおすすめ

そういえば、岡山には岡山城もある。

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天守閣以外は夜でも行けるので、鬼ノ城との違いをたしかめるためにも、岡山市内に宿泊する場合はぜひ行ってみてほしい。古代の山城との違いが体感できる。
 
 
鬼ノ城が鬼と関係ないと知ってもなお、見晴らしのすばらしさを含め、くり返し行きたいと思う名所だった。