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ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

博多近くの猫の島「相島」は、猫以外もすばらしい穴場アイランドだった

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離島研究家のココロ社です。

博多といえば大都会で、旅行者にとってみると観光というよりもターミナルのイメージが強いけれど、すぐ近くに海の果てを思わせる人の少ない離島にアクセスできてしまうことは意外に知られていないようだ。

昨年の話だが、相島(あいのしま)に行ってきた。
大阪湾に浮かぶのは友が島。相模湾に浮かぶのは猿島。これら、都市の近くにある魅力爆発アイランズの中に仲間入りしてもいいのではないかと思う。



博多から1時間程度で行ける離島

西鉄新宮駅から頻繁に出ているバスに乗って15分で新宮港に着く。接続がうまくいけば、博多から1時間程度で相島に行くことができる。
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船の名は忘れたが、写真を見ると「~ぐう」って書いてるから「しんぐう」だろうと思う。「ぐぐう」などの方がいいと思うのだが。



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このような、水しぶきをアップにした写真を見たいと思っている人は一人もいないことは自覚しているが、それでもなお撮ってしまう。



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島に泊まりたいと思って事前にいくつかの民宿に電話したが、1つは満員、1つは不通だった。最後の望みをかけて電話した3つめの民宿は、電話に出てくれて、これで夜露をしのぐことができると思ったのだが、「すみません。やめました」と言われてしまった。民宿としての営業を終了して民宿から民家になったのだろう。正式にやめると決める前は民宿でありながら、ほとんど民家に近い形で営業していて、家族と客の区別がつきづらかったのかもしれない。語尾に「ですます」をつけてにこやかに話しかけてくるのが客、無表情で身体的特徴について罵ってくるのが家族なので、そこで見分けることができるはずだ。

実際に行ってみたら、3時間程度予定をとっておけばノーマルな人種なら満足できる程度の規模の島で、宿が取れなかったからといってまったく悲観することはなかった。


猫の話は個人的には飽きているが一応しておくことにする

相島は、公式にも「猫の島」として売り出しているようで、そう呼んだ方が人が来そうな気がするし、実際わたしが行ったときも、猫のいる地区のみを散歩し、満足して帰っている人も多かった。なぜそう言えるのかというと、わたしが島をくまなく歩き回ったが、島の奥でほとんど誰とも出会うことがなかったからである。おそらくこれを読んでくださっている方も、猫の島がどの程度猫の島であるのかを確認し、無水鍋でアスパラを蒸し焼きにしたりしたいと思っていらっしゃるに違いないので、先に猫の話を済ませておこう。

「猫の島」と名乗るだけあって、猫はみな人慣れしている。
わたしは人間も猫も、ありのままよりもスレてしまっている方が好きだ。ありのままだと怒るタイミングなどがよくわからないので戸惑ってしまう。スレていると、少なくとも体面を繕おうとしてくれるから楽だ。わたしの前でいい感じにしてくれていたら裏で何を考えてくれても構わない。

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島の氏神である若宮神社で写真を撮っていると、さっそく、隣の家の窓から「なでマシーン発見!」と思ったかキジトラがやってきた。実際わたしはなでマシーンなので間違ってはいない。字を書いたり発話する機能などはおまけにすぎない。
やはり耳の後ろを掻くのは定番。そんなに気持ちいいのかと思って、わたしも自分の耳の後ろを揉んでみたら、たしかに気持ちよかった。



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こんな感じで刑務所で猫を放し飼いにしておけば更生するスピードがニャンとあがるのではないだろうか。


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ここまで伸びてしまうと、蛇との見分けが困難である。


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この島の猫の島である度合いを、自身の体を巡るアドレナリン濃度から推計すると、西日暮里にある谷中墓地をやや上回る程度だった。

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ただし、この島では、廃棄物と猫という、スイカに塩的な―スイカに塩をかけるとスイカの甘さが際立つのと同様、猫を廃棄物のそばで観察すると猫のかわいらしさが際立つ―組み合わせが楽しめるのである。ブラウン管のテレビも今見るとなかなかどうして、かわいらしいけど。


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店を閉めようと旗を降ろしたら、攻撃されると勘違いして警戒しているところ。


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これと似たシーンを知人がやっていた猫集めのゲームで見た気がする。



いい歳をして乳を吸っている猫を凝視していたら「おまえ何じろじろ見てるんや!」という顔をされた。
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甘えん坊ほど外部の人間に対して凶悪なのは人間も猫も同じ。この島では猫が優遇されているため、モラトリアムは長めなのかもしれない。たしかに、「甘い乳と苦いセミ、どちらがいい?」と聞かれたら答えは明らかだろう。

いつも思うのだが、親子で柄が違いすぎてほんまにキミのとこの子供かと思ってしまう。

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この猫は次の命を宿している風味で悠然と歩いていた。

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博多近辺の方なら、猫だけを目当てに行ってもおつりがくるかもしれないが、この他もすばらしいので、東京から来てもおつりがくるのである。
この島の楽しさが本領を発揮するのはここからである。


崖にひっそりと鎮座する穴観音

島の北部には「穴観音」と呼ばれる観音がある。崖の途中にちんまりと鎮座していて、かわいらしい。

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この風景を見ても、ああ、ここに観音様がいらっしゃると感動してしまったのだが、実はこの観音はダミー。たしかに最近作られた風に見える。
本体はここを降りて海岸付近にある洞窟に安置してある。危険なので立ち入りが禁止されていて、実際草が生えすぎていて足元がまったく見えず、わたしは断念した。

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「この島ではウニやアワビやサザエがたくさん取れますよ」という警告風自慢なのかなと穿った見方をしてしまう。


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トンボがクモの巣にかかっていて、助けようとも思ったが、羽をちぎってしまうだろうと思って、トンボが死に、クモが飢えるより、せめてクモが長生きできれば……と思って自然の摂理に任せた。


歴史の皮肉を見つめる岩宮神社

この島は、秀吉が朝鮮出兵をしたときに足がかりにした島であり、また、その出兵の戦後の処理でも使われた島でもある。武運を祈った島で敗戦処理を行うとは最高の皮肉である。



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岩宮神社には、立ち寄った軍が成功を祈って石を積んだ。

石はそこら中に積んであり、草木に巻き取られていて、全体像がよく見えなかったが、おそらくこれらもその石のひとつである。


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この石は、「太閤潮井石」と呼ばれていて、記念碑もあるのだが、「太閤」の字が消えていて、なんとも不穏。戦後処理のときに、「いやもう太閤とか全然思ってませんから!あれは猿です!」とアピールする意味で消していたりして。


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ここは 有待邸跡。朝鮮通信使のための宿泊施設で、江戸時代までは存在していたらしいので、草をかき分けたら礎石くらいは出てきそうである。今回はそこまで気持ちが高まっていなかったので断念した。


元寇の戦没者の遺体がmixされてどこかにあるらしい

さらにさかのぼって、モンゴル帝国が攻めてきた文永・弘安の役での遺体がここに漂着したとされ、当時は国籍に関係なくまとめて供養が行われた。日本国が終了になるかもしれなかったというのに、わりといい人たちだなぁと思う。あのときのこの島の人たちは、現代におけるナショナリティのような概念とは異なる区分で蒙古人を見ていたのかもしれないし、あの頃から人間として進歩しているのかどうか、よくわからない。


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供養塔ができたのは、つい50年前の話。10万人を超える兵を元は失ったらしいが、実際にはどこに埋まっているのかは不明である。


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人はともかく、モンキアゲハもハイテンションで蜜を舐め中。


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人はともかく、イトトンボについてはこの日だけで一年分を見た気がする。


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これはちゃんと立てておかないとあかんやつやないのかな。

日本最大規模の石の古墳群が壮観である

島の北東部の海辺には、「相島積石塚群」と呼ばれる石塚がある。この石塚が発見されたのは、平成に入ってかららしいのだが、それまでは単に石が積んであると思われていたのだろう。200基以上の石塚がびっしりと並んでいる。ここまで密集していると、かえって墓だと気付かないのかもしれない。

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奥に石が積んであるのが見え、脳内にアドレナリンが放出される音が聞こえる……。

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海岸線にずっと石が敷き詰められていて、厳かな雰囲気で、豪族たちがここで眠りたいと思うのもうなずける。

とくに有力者と思われる人物の墓は大きく、いまは石室の位置もよくわかるように整備されている。


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近くには、江戸時代の朝鮮通信使の墓もあり、古代から近世までの霊が入り乱れゾーンである。しかも石碑の字が読めなくなっていて何がどれかよくわからなかった。この一字目が「享」だったので、享保時代のことだろう。「享楽的なオッサン、ここに眠る」とかそういうのではない。


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本題とは関係ないが、スーパーカップを極限まで日に照らすとどうなるかを知ることができてよかった。


あまりにもrawなヤブサブロウ様の御姿

船が来る時間が迫ってきたのだが、最後に気になる表示を見つけてしまった。

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ヤブサブロウ様がどなたかは存じていないが、謁見を果たさず帰京するわけにはいかないと直感的に思ったので、「ヤブサブロウさまァァ~~ヤブサブロウさまァァ~~」と呻きながら奥に分け入って何分かしたら、そこにヤブサブロウ様が鎮座していた。


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ヤブサブロウ様は、天候の神様らしいのだが、あまりにも石……な佇まいなので、信仰できる自信がない。塩をつまみに酒を飲むとこういう気持ちになるのかもしれない。アニミズム大爆発である。



こんなたたずまいの古墳群は、いままで見たことがなかったので、ぜひまた行きたい。こんな素敵な島の存在があまり知られていないのはもったいない話だと思う。この島を単に「猫の島」と呼ばなくてはならないのは、マジョリティの嗜好を考えると仕方ないことかもしれないが、悲しいことだと思う。
去年行ってきたのだが、ふと「また行きたいなぁ……」と思ってしまう素敵な島である。


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