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ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

秋芳洞&秋吉台が、今もなお国内屈指の奇景であることを、多めの写真と面倒なエッセイでお知らせしたい

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ココロ社です。
今回はちょっと前に行ってきた秋芳洞featuring秋吉台(本当は逆だろうけれど)の話です。

平均的な人間が一生のうちに見る鍾乳洞の数は1.2パイくらいだと思うのだけれど、すでに奥多摩や石垣島の鍾乳洞を見、岩屋観音窟のような小粒なアイテムを寄せ集めて1パイとすると、合計3パイほど見たことになり、わたしは普通の人の倍以上の鍾乳洞経験を経ていることになる。鍾乳洞経験中級者としての高度な自覚をもって筆をすすめていきたいと思う。

なお、ここで仮に鍾乳洞の単位を「パイ」としてみたけれど、語感が気に入っているのでそう呼ぶことにしている。
少し前の話になるが、「たとえ何パイ見たところで、日本を代表する鍾乳洞であらせられますところの秋芳洞を見なかったら鍾乳洞を見たことにはならないのでは?」という、希死念慮にも似た妄想にとりつかれてしまったため、新山口まで足を運んだのだった。

地味な土産物屋に挟まれ呼びこまれるという通過儀礼

駅からバスに揺られて40分ほどすると秋吉台に到着する。

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洞窟の入り口まで地味な土産物屋が続くのだが、眺めながら歩いていると、わたしだけ、「兄ちゃん、化石もいろいろあるよ」と声をかけられた。心外ではなかった。「一人で秋吉台に来るオッサン=化石好き」という読みはそれなりの妥当性があるような気もするし、少なくとも「血液型がO型=おおらか」よりは妥当だと思う。
昔、血液型B型でしょと言われてO型だと言ったら「ごめん」と言われたことがあるが、B型の人はこの事実に怒っていいと思う。


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そして、石になんでも書いてくれる店があったのだが、美しい字でどうでもいいことが書いてあると、かえって内容の空疎さが際立つことを発見した。このことは、相田みつを先生のビジネスモデルがいかに秀逸であるかという話と関係するのだけれど、その話はまた回を改めることにする。(先日、研究のために相田みつを先生の本を買ってみたのだ)

川だけで満足してしまう哀れな都会人

洞窟からは大量の湧き水が流れ出ている。
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仮にわたしが超ド級のうっかり者だったら、このエメラルドグリーンの川を日がな一日見て過ごし、そのまま帰って「秋芳洞よかったわ~エメラルドグリーンで宝石みたい~まあ宝石は個体で水は液体だからだいぶ違うけれども色的に……」などとツイートしてしまうところだった。

広さだけで満足してしまう哀れな都会人

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秋芳洞の中は、一般的な洞窟のイメージ、正確に言うと、テレビの探検隊などで見るイメージとは異なり、開放感すら感じられるほど広い。岩肌が見えるだけなのだけれど、秋芳洞はここで終わりと言われたとしても、先ほどのエメラルドグリーンの川と同様、「秋芳洞よかったわ~特に何もなかったけど開放感があって、鬱屈した日々を一瞬でも忘れることができた!」などと満足して帰ることができただろう。

百枚皿のシズル感に夢中になる

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この棚田のような光景は「百枚皿」と呼ばれている。「千年杉」「八百屋」などと比べると数が少ないし、「皿」と言われても困惑してしまう。名前を聞いただけでは見たいとは思えない名前だ。
この棚田風の風景、棚の中は水だけで、もうちょっとマリモか何かを入れておいて賑やかにしてほしいという気持ちもなくはないが、ただ皿だけでも、ナメクジの背中のような模様がついていて、濡れ具合もナメクジのようでかっこいい。
この棚は水たまりが時間をかけて石灰化し、縁状になったもので、たしかどこかに、これが1センチ伸びるのに、70年やら80年がかかるといった説明があったと思う。多幸感に襲われて、うっかりこの皿にダイブしてこれを割ってしまったら気まずいだろうなとは思うものの、「1センチ伸びるのに○○年」の話をし始めたら、たとえばこの文を書いているパソコンを駆動させている電気のもとは、数億年前の生物の死骸が長い時間をかけて黒い汁になったことでおなじみの石油であり、あらゆるものから悠久の時を感じられて、「自分のちっぽけさを感じる」飽和状態になる。

魚眼レンズは人が写ってこそ楽しい

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このように魚眼レンズを使用すると見物人も写ってしまうのだけれど、大きさの比較ができて臨場感が醸し出される。ここに写っている見知らぬ誰かは、この写真においてはものさしにすぎないのだけれども、ぼくもまた誰かの写真でものさしの役をしているはずで、わたしも誰かがカメラを構えたら「ワオ」と吹き出しを入れたくなるような表情ができるようにしておきたいと思う。
なお、使っているレンズの限界のF値2.8で撮ったが、もうちょっと明るいレンズか、暗所に強いカメラがあると、よりくっきりと撮れると思う。

乾き気味の鍾乳石たち

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鍾乳洞というと、上から石が垂れているのを想像するけれど、秋芳洞では天井近くで地味に垂れているばかりで汁気も足りない。
垂れているものに圧迫されたければ、ほかの鍾乳洞をあたるべきなのかもしれない。



360度の黄金柱

秋芳洞の奇景のなかでも、「百枚皿」と並び称される「黄金柱」。
素麺の集合体のような巨大な柱を見たり触れたりできる。表面が濡れていて、絶賛製造中であることが感じられる。
ここはとくに魚眼レンズで撮ると天井と柱が同時に見えて、臨場感が楽しめる。
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天井部分はトムとジェリーに出てくるチーズのような形になっているが、夜はここにコウモリなどが帰ってくると思われる。

ここにもあった富士山

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円錐形のものはなんでも富士と呼んでしまう感性の貧しさはいかがなものかと思ったのだが、富士に喩えないと、「入り口から6割くらい歩いたところにある円錐形のもの」などという呼び方をせねばならない。そう考えると富士は必要悪だという気がしてきた。

名もない鍾乳石にも味がある

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特に名づけられていない鍾乳石もじっくり見ていると霊長類などの生き物に見えて楽しい気持ちになる。これは長渕剛を聞くことを覚えたチンパンジーに似ている。人類に比べてはるかに小さな彼の脳のうち8割が長渕剛の楽曲で満たされている。彼は一生をかけて長渕剛のすべての楽曲を覚えるのだ。

なお、土産物屋では、よりユーモラスな鍾乳石が置いてあったことも報告させていただきたい。
天然のセクシャルハラスメントである。
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しかしこれ、入り口に置いてあるから、こういうのが苦手な人は来なくなるので奥の方に置いた方がよいのでは、と思った。

クラゲの滝昇りか滝下り

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クラゲ状になっているところもあり、水族館に行きたいと思っていたが、秋芳洞に連れてこられてしまった人はここで溜飲を下げることができるかもしれない。クラゲの滝昇りに見えるか、クラゲの滝下りに見えるかによって、その人の精神状態を占える気もするが、精神状態を知りたいのであれば、単純に「調子どう?」と聞けば事足りるのかもしれない。

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この抽象的な形状の岩、マリア像でもいいし、観音像でもいいはずだけれど、海外の観光客と国内の観光客の両方にアピールするためか、「マリア観音」と称してある。これらの名づけは総じて雑である。

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名付けに困っているというのであれば、素直にわたしのところに連絡してきてほしい。


時間がない人はここで引き返すというのも手だけれど、お勧めしたいのは、バス停→秋芳洞→秋吉台→秋芳洞→バス停のルートで、秋芳洞を2回見て帰るコース。秋吉台を満喫したあと、暗くて湿った秋芳洞が恋しくなるので、最後にアンコール、という寸法である。

出口のタイムトンネルに合わせて歩く

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秋芳洞の入り口の反対側の出口の前は、時間のトンネルになっていて、まわりの絵が、生命誕生から、出口側に進めばすすむほど現代になってくる。
絵に合わせて徐々に文明化した方がよいのかなというプレッシャーを感じ、最初は背中を丸め、たどたどしく二足歩行をしながら、歩くごとにだんだん背筋が伸びてくるのだった。


そして現代に戻ったわれわれ……のはずだが、十分に現代に戻っていないように見える。
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休日なのに閉店しているということは、毎日閉店なのかもしれない。


秋吉台も地味ながら奇景

出口は湿度調整のため、内側の扉が閉まってから外側の扉が開くようになっている。

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ここから秋吉台までは500メートル程度で、途中の道中でキノコなどを無駄に発見しない限りはスムーズに歩ける。
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秋吉台は「カルスト地形」の代表として記憶させられるが、岩が雨水などに溶食されてできた地形を指し、このように、緑の中に、虫歯になった歯のような形をした岩たちが点在している。

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秋吉洞を見てから見ると感動が少ないのだけれど、その分、人もいないのが利点。


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展望台から秋吉台を一望できるし、近くには小さな博物館があり、そこでお茶を濁してもいいのだが、せっかくだから足が棒になるまで歩こうと思ったのだった。


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祝日でもこの程度の人出で、やや不安になる。実際、秋吉台は「使える国定公園」として、用途のひとつとして「走れる」を挙げている。高尾山で走られたら困ってしまうが、秋吉台だとちょうどよいかもしれない。
実際、人がほとんどいないという点だけでも、一人になるのが好きな人にとっては絶好の観光地で、草と岩しかないところをぶらぶら歩いているだけでも幸せな気分になれる。


初秋に行ったのだけど、トノサマバッタが往来のど真ん中で産卵中だった。
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土はわりと硬いはずだけど、バッタの性器も負けず劣らず硬いのだろうか。女性器が硬いというのは「女性=しなやかな感性」などの通俗的イメージとはずいぶん異なる。

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「外人=犬にメガネをかけた写真をInstagramにアップロードする」という偏見を持っている。

展望台の近くには秋吉台科学博物館がある。秋芳洞にかつていた生き物や現在住んでいる生き物の標本を展示している。
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どさくさに紛れて秋芳洞にいない生体も展示されており、いかがなものかと思ったのだが、原点に立ち返ると、この世にいなくてもいい生き物なんてないので、この目が退化したケイブ・フィッシュ(語感がKate Bushを思わせる)もありがたいと思うべきだと思った。

「秋芳洞冒険コース」は本当に冒険なので覚悟が必要

帰りの秋芳洞は、行きにみたときと違う角度から楽しむことができる。
知り合いに度を越して嫁好きの人がいたのだけど、奥様が前を歩いているところを見かけて、「あ~後ろ姿もいいねぇ~」と言っていて、まあ結構なことだ、と思っていたのだけれど、今ならその感覚がわかる。

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また、追加料金を払うことで、より厳しい「冒険コース」を回ることができる。
狭い道を歩くことができて、洞窟らしさが足りないと思ったのであれば、最後に補充することができる仕組みになっている。
両手をあけた状態で臨んだ方がよいと思うけれど、ハイヒールで最後までたどり着けていけた人もいたので、さほど大変でないのかもしれない。そのハイヒールのオーナーは、ムキムキな男といっしょにキャーキャー言いながら険しい道を登り降りしていたのだが、あんたもけっこうムキムキやでと思った。


ひとまず秋芳洞に行けたことで、数年分の洞窟分は満たされた。
とくに仕事で疲れている人にとっては大規模に胎内回帰ができるので、たとえば「金曜日に博多出張」という魅惑的な状況になった場合には選択肢に入れてもいいと思う。