ココロ社

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STAP細胞、EM菌、アベノミクス……キラリと無駄に光ったネーミング

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【忙しい人のためのまとめ】
「STAP細胞」という呼び名はコツコツ実験して発見した成果であるような印象を与え、「EM菌」という名前は、科学的根拠があるように聞こえる。「アベノミクス」は、世界的な経済政策であるかのような印象を与えることに成功した。ネーミングさえうまくいけば、不正をごまかすことすらできてしまうので学ぶべき点も多い……それはそうと、お忙しいところお目通しいただき、感謝しております。


割烹着で実験をして世紀の大発見……と思いきや、そうでもなかったことでおなじみのSTAP細胞。
最初にこの発見がNETSU造かもしれないという疑惑が出たときには、えーそれってミソジニーじゃないの?オッサンが発見していたら誰も疑わなかったと思う……などと思っていたが、実際は違っていたので反省した。匿名のブログでも、女の人が書いていて文章が面白いと「本当に女の人が書いてるの?」と言われる現象に似ていると思ったのだ。
わたしは情報が不十分なとき、ポリティカリーなコレクトネスを重んじていったん判断をしてみるのだが、最終的にそれがコレクトではないときがあるから生きるのはなかなか難しい。ただ、経験上、最初にポリティカリーにコレクトな判断をした方が最終的に正しくなる確率は高い。少なくともポリティカリーにはコレクトであるのだし、あえてポリティカリーにインコレクトな判断をする理由はないなと思っている。

「STAP」という響きのもつコツコツ感

閑話休題。この「STAP」という略称に注目してみよう。これは単純に"Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency"の略で、特に略した人のセンスが発揮されてはいないのだが、結果として、「若い女性が割烹着で大発見」というストーリーを支えていたと思う。偶然にも「STEP」に字面が似ていて、かわいらしい研究者がコツコツと実験して見つけた風味に聞こえ、ポジティブ教徒も大満足。見事なハマり具合である。ただし見事なハメ具合でもあったのだが……。
たとえばこれが「LAZI細胞」のような名前だったら、lazyや、naziなど、ネガティブなイメージを想起させ、もう少し周囲も冷静になれたのかもしれない。

なお、STAP細胞と比較されていたiPS細胞は、小文字の「i」で始まるところから、アップル社の商品を思わせる名前で未来を感じさせる。実際に山中さんはそれを意識してiをあえて小文字にしていたそうで、科学に興味がない人を意識して命名するとは、超絶すばらしい研究者であると同時に超絶すばらしい営業マンである。

科学的に見えるネーミングが光るEM菌

いじめがなくなるなどの四次元的な効能があることでおなじみのEM菌。もし「INCH菌」のような名前だったとしたら「これはインチキだな」と気づき、親子で川に珍妙な団子を放り込み、それをFacebookなどで紹介し、恥をさらすとともに水を汚すこともなかったのかもしれない。ES細胞を想起させるネーミングセンスが機能している例といえる。念のため書き添えておくと、ESは"Embryonic Stem"の略で、EMは"Effective Microorganisms"の略。ESとは何の関連性もないし、ゆるい呼称である。「役に立つ微生物たち」……Rolling Stones並みにロックンロールである。使うことでささやかな自己満足に浸れるという意味においては、"Microorganisms"ではなくて"Microorgasm"にした方が適切ではないかと思うのだが、そもそもEM菌という概念そのものが不適切であることは言うまでもない。

「アベノミクス」批判の失敗

アベノミクスは、80年代に行われたレーガン大統領の「レーガノミクス」をもじったもの。第一次安部内閣のときから言われていたらしい。元ネタのレーガノミクスはいわゆる「双子の赤字」を産んだ。つまり、自分から「アベノミクス」などと名乗ってしまったら、腕まくりをして(あるいは省エネスーツを最初から着て)「今から壮絶な失敗をしまっせ」と宣言しているようなものであり、そのネーミングセンスは大丈夫なのかと思ったのだけれど、まず、経済政策に名前をつけたことで、前政権が経済政策をしていなかったような印象を与えることができたという点で成功した。また、レーガノミクスをはじめとして、過去に取られた海外での政策について平均的な日本人が記憶しているものはといえば、学校で習うニューディール政策くらいのものであり、レーガノミクスを覚えていた人も、どのような政策だったのかは忘れていたことだろう。「日本人の名前+英語」で、国際的な雰囲気も漂っていて、最近流行の「日本のここがスゴイ」的な文脈に見事なまでのハマり具合である。
批判的な立場を取っているはずのメディアですら、批判する際に「アベノミクス」という言葉を多用し、結果として、「景気がよくなった気があまりしないけれど、まあノーミクスよりアベノミクスかなぁ……」という空気を醸成する手助けをしたのだった。

「アベノミクス」に反対する人たちもまた、「アベノミクス」なる体系的かつ効果的な経済政策が存在することを証明し宣伝することに加担していたことは皮肉でしかない。レーガノミクスなら、あのときお父ちゃんの方のブッシュが"Voodoo Economy"と呼んでいて、この呼び方もポリティカリーにコレクトなのかどうなのかと思うが、根拠の薄い政策という意図を汲んで、「ニセ経済」とでも呼んでおけばよかったものを、せいぜい「アホノミクス」などと、個人を感情的に中傷しているように聞こえるキーワードを作ることしかできなかった(「アホと言う人こそがアホ」と大阪のちびっこは教わるものだ)のだから、本当はミスターアベのことが好きなのではないかもしれない。実はミスターアベおよび自民党をなんとかしたいと思っているのであれば、代案となる経済政策に、少なくともレーガノミクスをもじる程度に気の利いた経済政策の名前をつける必要があるだろう。


胃にもたれる例ばかり見てきたが、このように、何かを成功させたいと思ったときには、名前をつけるかどうかを含めネーミングについて真剣に考えるべきであり、うまくいったあかつきには、正当性がないものをも正当にであるかのように見せることさえできるのであった。
一般的になにかものを作るときに、まずコンセプトを固めることから始め、コンセプトが固まったらネーミングを考える。たとえば本を作るときもタイトルは後の方で決めることが多い。しかし、適切な名前が捻出できなければ、コンセプトがよかったとしても世に出す意味はあまりないのかもしれない。

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