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ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

埼玉にある世界最大級の地下放水路「首都圏外郭放水路」の地下神殿では、柱を御神体と思うしかないのだ。

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首都圏外郭放水路が作られたのは今から12年前。近辺の川の水があふれたとき、地下の水槽に流しこんで貯め、ポンプで江戸川に放水することで周辺の洪水被害を防ぐ、という仕組みである。
この放水路には東京ドーム10杯分の調整実績がある。10杯分が多いのか少ないのか感覚が麻痺してよくわからないけれど、わたしは気が弱く、東京ドームに喩えられたら反射的に巨大だと思うことにしているので、東京ドーム3杯分と言われても驚いてみせることが可能である。
近年、大雨・洪水の被害が増えてきているが、この放水路の管轄内の冠水がなくなり、被害を免れた規模は1兆4000億円にものぼる。
建設費は2300億円とのことだから、ペイするにもほどがある。ただ、税金といえば無駄遣いというイメージがメディアにより刷りこまれており、税金を無駄遣いしていないと少々がっかりしてしまう。無意識に、「無駄遣いしてこそ施設の巨大さが身にしみる」と期待しているのだと思う。


この放水路の中核をなす調圧水槽は、おそらく柱が大きいという理由から、勢い余って「東洋のパルテノン」と呼ばれることもある。
日本しか知らないのに東洋東洋と口にするのは昭和脳のなせるわざであるが、その話は別の機会にするとして、一般的に「東洋のパルテノン」というと、韓国の世界遺産である宗廟だし、日本においては、ブルーノ・タウトが伊勢神宮をそう呼んでおり、到底太刀打ちできる見込みがない。「地下神殿」がより一般的な愛称であるが、適切かと思う。

予約する場合は高度な計画性が要求される

地下神殿のなかは、ふだん見学をする場合、事前予約が必要。桂離宮のようである。
予約はここからできるのだけれど、予約を取るのは至難の業。1か月後のXデーに有休取得が確実にできる人のみに許されるので、難度はかなり高い。
ただ、毎年11月に予約なしで入れる日があることを銘記しておくと、行楽シーズンに手持無沙汰になったときに幸せになれる。季節の変わり目を越え、希死念慮が落ち着く時期であり、それを記念あるいは祈念して開催されているに違いないのだ。
放水路があるのは埼玉の春日部市。
大宮から東武野田線に乗ればよい……と思って駅に降りたが、いつの間にか、「東武アーバンパークライン」という名前に変わり果てていて、乗っていいのかどうなのか戸惑ってしまう。
このような路線名称の変更をすると叩かれるのが世の常だが、仮に自分が、あまりお金をかけずに沿線のイメージを変えてくれと言われたら、「では名前をアーバンパークラインなどとするのはどうでしょう」と言ってしまうと思うので、とても責める気にはなれない。
そんなややこしさを秘めたアーバンパークラインに揺られて30分で南桜井駅に到着。
見る者を緊張させる看板に出迎えられたのだった。
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駅からは、特別公開日の2日だけひっきりなしに運行されている150円のシャトルバスに乗ればすぐ着く。
なお、徒歩だと40分かかり、わたしも歩いたことがあるが、より強く、地下神殿に辿り着いたという実感が得られる。
ただ、「尿を限界まで我慢すると、放出したときに気持ちがいい」というのと実質的にしていることは変わらず、そのような盛り上げ方はいかがなものかという気持ちにもなったこともたしかであり、やはりバスがあるときは素直にバスに乗るのがよいのかもしれない。



行くのは二回目なので、前置きは抜きにして、さっそく地下の調圧水槽に入る。
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この階段をひたすら降りていくと目的の調圧水槽である。
―とはいえ、冒頭に写真を載せたので、読者のみなさまにおかれましては、まったく緊張感なく文に目を滑らせていらっしゃるに違いない。せっかくだから、ここで10年前に行ったときの写真を紹介させてもらいたい。
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当時は三洋電機のXactiという名のデジカメを愛用していた。当時としては、小さいサイズなのに高解像度の動画も撮れて使える有能なパートナーだったのだ。いまXactiを作っていたチームは株式会社ザクティとして新しいスタートを切っているのだけれど、あのときのような素晴らしい製品を待ち望んでいる。
白黒写真の時代は世界がモノクロームだったかのように錯覚してしまうが、解像度の低い時代の写真を見ると、繊細さを欠いた世界にいたかのように錯覚してしまう。
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「何もない」こととの戦い

パルテノンに話を戻すと、パルテノン神殿の内部にはかつて部屋があり、アテナ像が祭られていた。また、伊勢神宮にはご存知のように正殿の中に八咫鏡がある。見た人はほとんどいないというが、参拝者はそこにあることを確信しながら拝む。しかし、この地下神殿は神殿ではないので何もない。
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調圧水槽の中では交代でフルートを演奏していて、そこそこの人だかりができていたのだが、とくに神を思わせる音楽を演奏してはいなかった。集っていた人々は、やはりフルートを演奏するときに、美しい音を出すことと引き換えに下唇を前に突き出し、普段の顔と違うユーモラスな表情になるのを確認したいと思っていたのだろうか。
―そうではなくて、神も含めて何もないところであるから、ついそこにあるフルートに中心を見出し、引き寄せられてしまうのである。それもまた、何もなかったときの安定剤として悪い選択ではないのだけれど、わたしは柱をご神体と思って意識を集中させることでこの空虚さを乗り越えたのだった。
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よく見ると柱のひとつひとつに表情がある。つまり何もなくはない。
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コンクリートというと、すぐざらついたブロックを思い浮かべるのだが、丁寧に作ったコンクリートは光沢をたたえている。つまり何もなくはない。
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この薄暗い先に何かがあるので、何もなくはないのだ。
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今年、この柱は6回稼働して泥水に浸された。水かさを示す跡が、まるで水着の跡のようで煽情的である。
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気づいてもらえなかったら癪だから言うけれど、魚眼レンズで撮ると床と天井が同時に写ってダイナミックやろ……。


―このような鑑賞法では気がふれてしまうという人は、水が流れこんでくる第1立坑の先に何かがあると見なすのがよいだろう。階段が見えるが、全貌は明らかでなく、まるで伊勢神宮の内宮に参拝したときのような気分になる。
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ポンプ室の消火装置は赤く色づいて食べごろである

特別公開日は、特別にポンプ室の公開も行われている。
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「1号機」「3号機」などと書いてあるだけで背筋が伸びてしまう世の中に誰がしたのか……。
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ポンプのまわりを取り囲むようにチューリップ状の愛くるしい装置がついているが、これは消化装置。

そして、物理法則に果敢に抗い、ポンプでくみ上げた水は、外にある排水口から流れ出ていくのだった。
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わたしが近所に住んでいたら、台風の日などに絶対に様子を見に行ってしまっていると思うのだが、近所に住んでいる人はよく我慢しているなと思う。忍耐力townである。

外には、この施設を世に知らしめるための「龍Q館」という、『阿Q正伝』を思わせる施設があり、首都圏外郭放水路がどのようなものかが理解できるようになっている。
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最初にこの施設を訪れて、自分が今から見るものは何かを把握するのもよいかもしれない。
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大雨のとき以外は使われていない指令室。何とかマンの撮影などにも使われるらしい。
席と席の間が離れているのでネットサーフィンが可能である。

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なお、春日部市育ちの故・臼井儀人先生のサインは特別な場所に飾ってある。
この際、龍の字が違うというのは大した問題ではないのである。ケンカが弱そうな龍の字。


彩龍の川まつりでマジョリティに出会った

この特別公開は、いつの年からか、『彩龍の川まつり』に組みこまれていて、外では埼玉マジョリティによる芸能、略してマジョ芸が繰り広げられていた。
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日本と中国を足して二で割ったようなダンサブルな音楽に合わせて踊り、木製のノイズジェネレータをタイミングよく鳴らす。まさにわたしは日本人であり、この国に生まれてヨカッタ……と思う瞬間である。
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人が目の形に集合しており、その一致団結ぶりにスイミーを想起してしまう。
もしここに宇宙人が来襲しても、「地球人は事前調査よりも大きかった」と宇宙におけるtwitterに書き残すなどして侵略を諦めるに違いない。
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白色を基調にしたゆるキャラを見かけると、「汚れなどは大丈夫だろうか」と心配してしまう。



埼玉のポスターにはよく、「彩の国 さいたま」と書いてある。わたしはずっと「あやのくに さいたま」と呼んでいたが、「さいのくに さいたま」と読むのが正しい。なぜ「彩」なのかは、単純に音が同じだからという理由らしい。タモリ先生による「ださいたま」キャンペーンの向こうを張ってつけられた名称なのだが、埼玉県の人でタモリ許さない的なことを口にする人をあまり見ないので、彩の国の人たちは心が広いなぁといつも思う。