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ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

この世の果て、恐山で宿坊に泊まる

新名所


こんにちは。
去年の話ですが、恐山に行ったときの話をまだしておりませんでした。
今回は、恐山のホットな見どころをランキング形式で紹介させていただきますので、最後までおつきあいくださいませ。
そうそう、開山期間は5月1日〜10月31日なので早めに行かれるか、来年、暖かくなってきたら行く感じがいいかもしれません。



日本三大霊場のひとつ、恐山。
新幹線→東北本線→大湊線と乗りついで下北駅へ。ここは本州最北端の駅です。

ちなみに豆知識ですが、本州最南端の駅は和歌山の串本駅です。さらに豆知識ですが、恐山のイタコは戦後になってから始まったらしいです。冒頭から興ざめする豆知識を開陳して恐縮ですが、ここで興ざめしたとしても読み進んでもらえるという筆者の自信のほどが伺えますね……


豆知識はともかくとして、話を続けます。
駅からバスに乗って1時間程度。車窓から風景を見ているうちに、あっという間に到着してしまいます。バスの本数は最果ての地にしてはそこそこ多い感じです。1時間に1本くらい。時刻表はここ

恐山のホットな見どころ【第5位】三途の川

バスを降りたら恐山の入口なのですが、ここに入る前に重要なポイントがあるので少し引き返してください。




▲というのも、入山口の前にある川が、「三途川」と名付けられているからです。人生のうちでこれから何度も「いやぁ…三途の川が見えてしもうたわい」ということがあると思いますが(その原因は過酷な勤務や、hard to pleaseな女性との恋愛etc.)、そのたび、「恐山に三途の川があって行ったことあるでー」と言えるのです。手続き的には、いったん川を渡って冥界に行ってから戻る感じになってしまいますが……この橋は太鼓橋という名前です。



▲三途の川は光の加減でときに飴のように見えますが、ただのきれいな水であり、また、「水からの伝言」はウソです。そんな伝言を聞いている暇があったらママからの伝言を聞いた方がよっぽど有益ですし、ママからの伝言すら心の耳で聞けない人間が、水などという無生物からの伝言を聞くスキルを持ち合わせているというのは科学的に考えて不自然です。



▲「宇宙人!しかも手を振っている!」と思ったらぼくでした…よく考えたら宇宙人がそんなにフレンドリーなわけない。もし宇宙人が実在しても、友好的な態度で接してくれることはなく、人間の皮をはいで餃子の皮にしておいしく食べるのが関の山です。


▲風に吹かれたお地蔵さん、可愛らしさがしんみり感を誘います。



▲周辺から池に水がしみ出しています。硫黄でところどころ黄色い。



▲そばの排水溝は腐食がひどく、ぼんやりしている人のためには落とし穴のように思えることでしょう。



▲入山口の脇にはビッグなお地蔵さんが待っており、その背中はメカニカルだが、メカニカルでもお地蔵さんを名乗ってもいいし、人と接するのが好きではないオッサンが一人で旅をしていてもいいのです。


―などと、入山する前からすでにおなかいっぱいですが、入山料600円を華麗に支払い(=1100円を出して500円玉のお釣りをもらい)境内に入ってみます。



風がけっこう強い。プラスチックの風車がちぎれんばかりに回転していて、しんみりしてしまいます。

恐山のホットな見どころ【第4位】空気を読んで行動してる風なカラス


▲カラスがいるんですが、普段は黒すぎてオモンナイと思われているカラスもここでは大活躍。これ、お供え物か何かを盗っているのですが、場所が場所だけに、人間の魂をくわえているように見えて何とも恐ろしい。
彼ら、頭がいいといいますが(東大卒の俺様ほどではないけどな!)、なんか自分がどこにいると絵になるかを理解しているかのように動いてくれます。あの世を演出してくれてありがとう…



▲空気読まずにキジバトも登場。まあドバトよりはいいけどさぁ…羽が少々和風ではあるものの、目がオレンジなところはいかがなものかと思います。



▲卒塔婆も大きくて、卒塔婆の大きさが何に関連するかは存じませんが、圧倒されてしまいます。



▲境内から左に抜けると、極楽浜までの道があるのですが、岩場のあちこちから硫黄が噴き出していて、地獄を歩いているような錯覚に襲われます。



▲硫黄が噴き出している水たまりは、まるで筋子のよう。筋子を口の中でほどいてイクラだと思いながら食べるのって楽しいですが、これは恐ろしいだけや!



▲マニーも銅を中心に朽ち果てゆくばかり。まるで子供銀行のお金のようです。



▲この辺は賽の河原で、石が積んであります。俗信とはいえ、切実な思いが込められているので、荷物が当たらないように気をつけながら歩きます。



▲しかしこんな場所でも、サングラスが置いてあると妙なリゾート感が演出されてしまうものですなぁ…サングラスの恐ろしさを感じた瞬間です。



▲奥には大きなお地蔵さんがあり、比較的新しいものですが、朽ち果てるのは時間の問題。

たとえばこんな感じになっていくのかもしれません。▼

強い風、しかも硫黄を含んでいる中で、永遠のものなんて何もない、と実感いたします。


▲なお、あらゆるところにさい銭箱が用意されていて、興ざめする方もいらっしゃるかもしれませんが、あまりにも非現実的な空間だと不安になってしまうので、むしろ「さい銭箱を置いてくれてありがとう みつを」と言いたい。


そんなこんなで歩いていくと視界が広がって、極楽浜が見えてきます。ここまで恐ろしい風景ばかりだったということもあり、美しさのあまり、たしかにここはあの世なんじゃないかという気がします。





▲ここでたたずんでいると時間がいくらあっても足りない。



▲晴れているとよくわかるのですが、硫黄で水が黄色くなっていて、呼ばれている気がしたのですが、堂考えても気のせいです。



▲そして、謎の団体が、長い布きれを持って浜に入って何かをしていました。ここで浜に入って何かしたらアカンような気がするのですが、そのあと花火もしてた。ふつうこういうところで花火みたいなのをしたらバチがあたるような気がして、そこで「なんかこの宗教おかしい」と、正気にかえったりするものかと思うのですが、そうでもないみたいですね。

恐山のホットな見どころ【第3位】宿坊に泊まった人だけが体験できる、閉山後の恐山

遠路はるばる恐山にきたのですから、宿坊に泊まっていくことをおすすめします。一人一泊1万2000円と、少々エクスペンシブですが、そのせいか、あんまり混雑していなくて落ち着きます。例大祭のときは違うのかもしれませんが…


宿坊はかつてかなり老朽化していたらしいですが、建て直して装いも新たになり、あなたのお越しをお待ちしております!


中は新品みたいな感じで、中古が嫌いな人も安心ですね。


夕食はいたってノーマルな精進料理です。ちなみに宿坊=精進料理のイメージがあるかもしれませんが、精進してるところとそうでないところがありますが、精進料理とはいえ、命を頂戴していることには変わらないので、厳粛な気持ちで向き合うべきなのかもしれません。



宿坊に泊まる最大の理由は、閉山後に人のいない恐山を歩き回ることができること。

恐山は、誰もが知っているがゆえに、それなりに人がいます。観光バスが何台も駐車場にとまっていて、舌打ちをしてしまうかもしれませんが、ご安心ください。ツアーで来ている人はそれなりに高齢な方が多く、入れ歯と口蓋の間に空気ができるのか、しきりに舌打ちライクなサウンドを奏でているため、お互いさまなのです……と話が横道にそれましたが、その観光バスィーズがいなくなる夕方は、宿坊に泊まる人しかいなくなり、つまりはゆっくり過ごすことができるのです。

恐山のホットな見どころ【第2位】いろんな意味でホットな温泉

なぜ宿坊に泊まるのがよいかのもう一つの理由は、温泉に入れるからです。


温泉はとにかく猛烈に熱い。そして、幽霊みたいなのがいると信じる方にはちょっと恐ろしいかしれません。霊場というくらいですから…しかし実際どうなんでしょうね。世の中に悪い人なんていないというポジティブ教的な考え方からすると、生きているかそうでないかの違いしかないのですから、幽霊が恐ろしいなんてことはないはずだと思うので、もし幽霊が現れたとしてもぼくは怖いとは思わないはずです。幽霊が怖いなんて幽霊に失礼だろうし…。

恐山のホットな見どころ【第1位】まさに地獄、曇天の風景

朝はおつとめに参加することができるのですが、温泉に入りすぎてしんどくなってしまい、パスしてしまいました。趣味が温泉めぐりっていう人は温泉に入ってもつかれないというか、むしろ元気になるんでしょうけれど、わたくしには信じがたいです。……ということで何食わぬ顔で朝食をいただき、バスの時間を確認しつつ、早朝の恐山はどないなっておるのかを確認していきます。

曇りだったのですが、やっぱり曇りは曇りで恐ろしい。








▼奥の院から見た全景。遠くから見るとちょっと小さく見えてむしろホッとしてしまいます。



極楽浄土を体験できる施設は、たとえば奈良の浄瑠璃寺、京都の平等院、兵庫の浄土寺などがありますが、この世の果てを自然とともに感じられるところはめったにないので、ぜひ行ってみていただければと思います。
ちなみに「観光客が観光気分で行くと祟られる」とWikipediaには書いてあります。観光気分なのか何気分なのかは自分でもわからずに行ったのですが、あれから具合が悪くなったりはしていないため、「観光気分で行ってはいなかった」あるいは「観光気分で行っても祟られない」のどちらかと思われます。