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ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

「選挙権を放棄する」というライフハック

よく日記などで「選挙に行かなかった」とかチラッと書くと説教をしてくる人がいます。まあ、わたしはマゾなので、そういった不快さも嫌いではないのですが、連続するとちょっと面倒な気持ちになります。そんな感じで、選挙権を得て15年以上経つものの、選挙に行ったことがありません。こう言うと、きまって「せっかくの選挙権を粗末にするとは何事だ!…一票の積み重ねが日本を動かすのです!」と怒る人がいるのですが、それは問題のすり替えかと思います。そもそも、そう言う人は、自分の支持政党以外に投票されたら自分の投票分がチャラになって困るはずなのですが、「民主党に投票しよう」と言わず、「選挙に行こう」と、回りくどい言い方をする。もっと素直になればいいじゃないかという気もします。なぜ、「主義主張は人それぞれだけど、とにかくみんな投票に行こうぜ!」と言うのか。それが民意だというのであれば、自分の給料が激安になっても平気なのでしょうか。わたしは民意にかなっていようがなかろうが幸せになりたいし、自分ではない誰かの「票の積み重ね」の話には関心はありません。もっと単純な話で、主観的立場に立って「わたしが一票を投じるか投じないかによって、わたしにとっての世の中が、感知しえる程度に変化するのか?」という点に関心があります。「大事な選挙権を使わないなんて!」という気持ちよりも「大事な時間を投票に費やすなんて!」と思います。


とか書くと、「選挙権を行使しなければ、世の中は一部の人の思い通りになってしまうけど、それでもいいの?」という半ギレの疑問文が飛んできそうですが、それもやはり問題のすり替えで、わたしが貴重な時間を費やして選挙権を行使しても、やっぱり世の中は一部の人の思い通りになっているのだから、それなら最初から行使しなければよいのではないか、と思うのです。少なくとも誰に投票するかについて考えた累積時間と投票時間で、1回の選挙で考えると数時間程度は費やすことになろうかと思うのですが(もし、一瞬で決めてしまうのであれば、その態度決定の方法が妥当なのか、間違って自分にとって不利な態度決定をしてしまうくらいなら、放棄する方がましなのではないか、という考え方も可能だと思います)、まだ、その時間で、仕事をするとか、本を読むとか、音楽を聴くとかした方が、自分にとっての世界は、より大きく変わるのではないかと思います。また、「参政権は絶対に行使しない」と頭から決め込むことで、政治について考える時間が必要なくなって、有意義な時間を過ごせることになります。「政治について言及するときはあくまでも芸能人の噂話と同じレベルで」と考えると、必要以上に熱くなって気まずくなることもないですし―


ということで、今日は、部屋の掃除をして幾分スッキリしました。「自分の行動によって自分の周りの状況が変わる」という点では、投票するよりも部屋の掃除をした方が、日本は美しくなるように思います。主観的にはそうかもしれないですが、客観的にはそうでないかもしれません。しかし、そもそも個人が生きるにあたって、なぜ「客観的にどうか」ということが、こんなにも重視されるのか、承服しかねます。「個」のあり方については、今後、このブログで取り上げていこうかと思いますが、まったく共感を得られないと思うので、ほどほどにしておきますが…