ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

話題のコーヒー紅茶小説を熱狂的に実践する!

ハァハァハァ(チャックを上げながら)…出遅れてしまいました!
はてなの質問【小説の書き方を教えてください】についてです。コーヒーを頼んだのに紅茶が出てきたというお題で書こうということなのですが、ちょっと別の角度から取り組んでみます。こなれてなくて長いですが、おつきあいください。例によって変態専用です…っていうか、今『文藝』に応募するのを書いているところなのに、こんな逃避の仕方はよくないな…


(1)まずは台詞だけで構成してみます。

「なぜコーヒーと紅茶を間違うのかがわからないね。私が『ホットコーヒーひとつ』と言ったのは、たしかに聞いたよね」
「もちろんです。伝票にも書いてありますよ、ほら」
「なるほど…しかしあなた、『珈琲』って漢字で書かなくてもいいじゃないか。時間がかかるので、普通、「HC」と書くだけですよ」
「いや、『HC』と書いて生暖かいコブクロの刺身が出てきたら、困るのはむしろあなたの方です。喫茶店が出すコブクロなんて、牛の精子が入ってそうですし、そういう間違いが起こらないように細心の注意を払っているんですよ。コーヒーを入れるプロとしての責任があるのです」
「じゃあ何で間違うんだ!俺もコーヒーを飲むプロだし、コーヒーを摘み取る労働者の気持ちを理解するため、毎朝プラスチック製の模擬コーヒーを収穫しているくらいのプロ中のプロだよ」
「いや…バルブの問題です。どちらかというと技術的な問題なのです」
「バルブ?」
「そうです。コーヒーが出てくるバルブには熊の顔が、紅茶が出てくるバルブにはパンダのマークが描き込んであります。それが年を経るにつれて色が落ちてきて、熊はパンダ似に、パンダは熊似になってきて…どっちがどっちか、大変ややこしい。わかりますかその気持ちが」
「大変ややこしいのなら、やめればいいじゃないですか」
「あなたは私の父親の仕事を否定する気ですか。私の父親はバルブ職人なんですよ。最後はバルブの掃除中、誤って排出された熱湯をかぶって死んだのです。彼はバルブ職人のための靖国神社的なところに祀られています。いたずらされるとまずいので、具体的な神社名は勘弁してほしいのですが、そんなバルブに一生をかけた彼の最高傑作がこのバルブなのです」
「バルブで読む戦後日本か…なんだか紅茶なのに目を覚まされた気分だよ。ありがとう」

最初にプロットを作って、それに沿って台詞を振り分けてしまうとダイナミズムが失われてしまい、やらせっぽさが目立ってしまうので、結末は、二人のキャラクターに台詞を言わせながら決めていきました。しかし、これだけだとまだ不足な気がしますし、そもそも、行為の背景として家族を持ち出す手法がちょっとベタなので、そのへんを補完します。


(2)語り手による地の文を入れます。
ということで、これをさらに重層的な構造にしたらよいのではないかと思うので、二人について観察したり評論したりする話者を入れます。

紅茶を飲み干し、げっぷをしながら男が言った。
「なぜコーヒーと紅茶を間違うのかがわからないね。私が『ホットコーヒーひとつ』と言ったのは、たしかに聞いたよね」
マスターは心外に思い、反論した。
「もちろんです。伝票にも書いてありますよ、ほら」
証拠として提示した伝票は、珈琲と書いてあるばかりか、下半分がコーヒーに浸かって茶色になっており、有無を言わさぬ迫力があった。
「なるほど…しかしあなた、『珈琲』って漢字で書かなくてもいいじゃないか。時間がかかるので、普通、「HC」と書くだけですよ」
マスターは深い溜息をついた。その息は濃いコーヒーの匂いがしたので、ますます客は、なぜ自分だけが紅茶の刑に処せられなければならないのか疑問に思ったのだが、マスターは意に介さず主張を続けた。
「いや、『HC』と書いて生暖かいコブクロの刺身が出てきたら、困るのはむしろあなたの方です。喫茶店が出すコブクロなんて、牛の精子が入ってそうですし、そういう間違いが起こらないように細心の注意を払っているんですよ。コーヒーを入れるプロとしての責任があるのです」
あまりの妄言に、客は胃液混じりの紅茶の匂いをふりまきながら反駁した。
「じゃあ何で間違うんだ!俺もコーヒーを飲むプロだし、コーヒーを摘み取る労働者の気持ちを理解するため、毎朝プラスチック製の模擬コーヒーを収穫しているくらいのプロ中のプロだよ」
同時に彼は、和紙でできた模擬紅茶を収穫するほど、紅茶の飲み手としてプロだったのだが、その件については意図的に語らずにおき、マスターを追いつめにかかったのだが、意外な答えが返ってきた。
「いや…バルブの問題です。どちらかというと技術的な問題なのです」
「バルブ?」
意外な単語が出たので、単純にオウム返しをする他なかった。オウム自体、一度しか言われていない言葉を繰り返すことはできず、反復練習が必要なのだが、その意味において、この客の知能はオウムのそれを凌駕していたと言える。しかし残念ながら、人間としては最低のレベルに近い。
「そうです。コーヒーが出てくるバルブには熊の顔が、紅茶が出てくるバルブにはパンダのマークが描き込んであります。それが年を経るにつれて色が落ちてきて、熊はパンダ似に、パンダは熊似になってきて…どっちがどっちか、大変ややこしい。わかりますかその気持ちが」
ねだるようにマスターは言った。
「大変ややこしいのなら、やめればいいじゃないですか」
マスターはさらに深い溜息をついた。客は、苦情など言わないで、黙って店を出るのが正解だったと遅ればせながら悟った。そのあまりの溜息の深さに、酸っぱい胃液ばかりか、苦い腸液の匂いまでもが店を漂いはじめた。
「あなたは私の父親の仕事を否定する気ですか。私の父親はバルブ職人なんですよ。最後はバルブの掃除中、誤って排出された熱湯をかぶって死んだのです。彼はバルブ職人のための靖国神社的なところに祀られています。いたずらされるとまずいので、具体的な神社名は勘弁してほしいのですが、そんなバルブに一生をかけた彼の最高傑作がこのバルブなのです」
しかし実際のところ、彼の父親はバルブではなくパルプの職人だった。ある日、パルプを裁断する機械に飲みこまれて、ある時は青年雑誌のグラビアの、水着越しに盛り上がった恥丘になったり、またある時は宗教団体の機関誌の教祖の写真の鼻の穴の部分になったり、何度もリサイクルされて第二第三の人生を歩んでいた。彼は父親のことなどどうでもよかったのだが、家族を馬鹿にされたことにして彼を黙らせようとしたのだった。
「バルブで読む戦後日本か…なんだか紅茶なのに目を覚まされた気分だよ。ありがとう」
店には、紅茶と珈琲、胃液と腸液の匂いが充満していた。
客は、間違ってこの店に足を踏み入れることのないよう、店の名を手帳の表紙にメモして足早に店を出て行った。


ここまで読んでくださった方が、どれくらいいるかはわからないのですが、次回はもう一歩進めたいと思います(覚えていたら)。