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ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

卑弥呼も桂離宮もフィクションまみれ

「近代isフィクション」的な話って、もう聞き飽きたよ…と思っていらっしゃる方も多いと思います。たしかにそうなんですが、学問の現場では、そのフィクションの詳細の研究が今なお丹念に行われているし、そもそも、年老いてなお、知性不足に悩める人たちに「近代ってフィクションなんですよ」という話をしても、「何それ?」という答えしか返ってこない…っていうか、バーチャルリアリティが悪なら、「想像の共同体であるところの国家も悪なので、解体すべき」という話なのかしら…そんなこんなで、「近代isフィクション」話は、教養のない人間には全然行き渡らないまま、一部の人のブームみたいになって過ぎ去りつつあるのかもしれませんが、そういうのってよくないヨ!という意味もこめて紹介させていただきます。

つくられた桂離宮神話 (講談社学術文庫)

つくられた桂離宮神話 (講談社学術文庫)

井上章一が、桂離宮が神格化されていく仮定を丹念に検証しています。「簡素美こそが日本文化の精髄」という、近代につくられたイデオロギー…とか書いても「どうでもええわ」と思うかもしれないけれど、桂離宮伊勢神宮が神格化されていなかったら、たとえば伊藤若冲曾我蕭白はもっと早くから認められたのではないかと思うし、この退屈な妄説こそが、ここしばらくの日本文化をダメにしてきたのだろうと思います。
つくられた卑弥呼―“女”の創出と国家 (ちくま新書)

つくられた卑弥呼―“女”の創出と国家 (ちくま新書)

こちらは卑弥呼です。「卑弥呼は祭祀を司っていて、政治にはノータッチだった」という歴史認識には、ジェンダー的なバイアスがかかってるんじゃないか?という話です。女性の天皇を「中継ぎ」とみなすのにも異議あり!ということで、ちょっと口当たりが良すぎて物足りない気もするけれど、現代の女帝論議をも射程に捉える好著。