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ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

はてな鍋奉行

思うこと

はてなでのキーワードの扱いについて時々話題になっているのを見ることがあるけれど、それを通じて、キーワードの登録状況を監視して、「不適切な」キーワードに関しては削除をかけている人たちがいるらしいということを知った。

しかもその人たちははてなの社員ではなくて、一人の一般ユーザー。たとえば、登録したキーワードを削除に回して「私的なキーワードは差し控えていただければ幸いです。」とコメントを残す。つまり、この場合は一人のユーザーが「公/私」の区分けを行い、削除に回しているということになる。もちろん、削除に回されたキーワードを復活させることはできる。「気に入らなければ戻せばいいだけじゃないか」という考えもあるけれど、同等の権利を持つ(同等の権利しか持たない)一人のユーザーに削除依頼をかけられたら、普通の感覚だと怒るのも無理はないんじゃないか。

一応、そういう人たちは、「はてな評議会」での結論のもとで、民意に従って行動しているように見える…が、「はてな評議会」の仕組みは、以下のようなもの。

はてなダイアリーのキーワードについて、(中略)議論による結論が得られない場合は、投票を行い多数決による解決を図ることができます。

この「多数決」というのが、民主的な雰囲気をかもし出しているけれども、かなり「なんちゃって民主主義」っぽい。20万人以上いるはてなダイアリーのユーザーで、投票したのは最新のもので600人程度。この規模で得られた結論は、誤差の範囲にすぎないだろう。ぼくは、(良くも悪くも)株式会社はてなのセールスポイントとしての民主主義フレーバーと捉えている。
どうしても民主的にやりたいというのなら、ラウド・マイノリティによっていつのまにか決められている規則によって動かすのではなくて、代議制にすればいい。まあ、代議制になったら、ぼくは面倒になって、はてなをやめると思うけど…ぼくはあくまで、客である自分と、サービス提供者である株式会社はてなとの関係として行動したいと思っている。

鍋奉行的な行動をどうしても取りたいというのであれば、自分が主観に基づいて自己責任で動いていることを自覚することが大事なのではないか。ぼくの主観として、共感できる鍋奉行の人もいるけれど、仮にキーワードを削除して怒りを買っても、「公共性」という言葉は使わない方がいいと思う。「公共性」を盾にとってあれこれ言うのは、鍋奉行が「鍋の本当のおいしさを教えてやる」と言っているのに等しい。おいしさなんて人それぞれやんか…

ちなみに、ぼくが感じているのは、手続き上の問題だけではない。「はてなダイアリー評議会議題2号」での決議内容が、「瑠璃の不倫生活」という個人サイトのサイト名をキーワードとして認めるか否かについての議論で、「認めない」という結論になっていて、これが先述の「私的なキーワードは差し控えていただければ幸いです。」の根拠になっているようだけれども(あるいは「キーワード作成ガイドライン」。これも有志が作ったもので、ユーザーの総意ではない。)、私的なキーワードの登録があってもいいんじゃないかとぼくは思う。私的なキーワードがダメな理由は、キーワードの誤爆にあるんだと思うけど、別に誤爆してもいいのではないか。押さなければいいだけの話だと思う。そもそも、はてな(や、他のブログサービス)の面白さというのは、「自分のテキストに他人の声が入ってくる」ことにあると思う。日記の管理者はテキストの主導権をあけ渡すことと引き換えに、自分の書いたものが自分の意図を超えたものになる驚きを手にする。(これはあくまで理想であって、現実はもうちょっと単調で退屈だけど…)ぼくがいわゆるテキストサイトを半ば放棄して、はてなばかり更新している理由の大部分はここにあるんだけど。

そうそう、ぼくが一番好きなキーワードは「シュミレーション」。これを登録したid:akiha-chekiさん、ステキ!(日記はちょっと濃すぎて窒息しそうだけど…)