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ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

唐招提寺展@東京国立博物館

はてな寺社めぐり

二月末あたりにしようかと思ったのですが、id:yugi713さんに誘われて先々週の日曜に行ってきました。っていうか、ちゃんとした解説を、今回の音声ガイドの寺尾聰になりかわってすることを期待されていたのかもしれないのですが「ふーん」「へっへぇー」「混んでるねー」くらいしか言ってない。とんだ音声ガイドだ。

唐招提寺そのものは2000〜2010年まで修理中。行っても工事のありさましか見えなくて不満なのだけれど、ここで一気に解消できる…かも。

唐招提寺は、唐の影響が色濃い金堂と、仏像じゃない実在の人物像として初の鑑真像の二つが有名で、仏像は金堂に盧舎那仏坐像があったことくらいしか知らず、他に何を見せるんだろう?と思ったら、金堂と御影堂を再現!普通はもうちょっと歴史観めいたものが示され、それに沿って見せてくれるものですが、えらくワイルドな企画です。金堂には、盧舎那仏坐像、梵天・帝釈天立像、四天王像が配置されてました。位置関係がそのままというところが普通の展示にはなくて面白い。本物の金堂の雰囲気が出ているかというと、さすがにそこまでじゃないかなぁ。四天王がなかなかの迫力だった。

御影堂は、鑑真像が置いてあります。なんか東山魁夷が障壁画を描いているらしく、それも合わせて再現されていて、豪華といえば豪華だと思うのですが、当時の狙いとはかけ離れているのではないか?と思いました。別に、御影堂は当時の狙い通りにすべき、などとは思いませんが…ちょっとこの違和感は言葉にしておきたい、と思いつつ、東山魁夷で検索したら、「風景は心の鏡」という彼の言葉が出てきました。現代人にはしっくりとくる台詞ですが、少なくとも当時はそういう捉え方ではなかったように思います。心象風景的な考え方は、西洋のものだろうし。そもそも、鑑真像は、彼が存命中に作られたもので、わびさびとは無縁の、ガンジン・イズ・アライブと思えるような像だったはず。風景なんて鑑真が照らすくらいの勢いで。それはもともとの彩色が結構派手に作られていることからもうかがい知れます。ちなみに鑑真のすぐそばには水墨画が…彼のライブ感を出したいのであれば、わびさびってる場合じゃないです。まあ、色褪せたあとの現状の像とは、色彩的にはマッチしていたので、現代的に解釈したのかもしれないけど。それはそれで乱暴で面白いと思いましたが。


あと、鑑真は目が見えていた、という説が最近出てきた模様。以下参照。奈良新聞

第56回正倉院展で28年ぶりに公開される正倉院塵芥(じんかい)文書第35巻の「鑑真奉請経巻状」が鑑真の自筆であり、当時鑑真は完全に失明していなかったのではないかとの新見解を、奈良国立博物館の西山厚資料室長が正倉院展図録の中で明らかにしている。同書状の細部の書跡を精査した上で導き出した結論で、今後の同文書の研究に論議を投げかけそうだ。

内容を読むと説得力があるような…要は、どの弟子の筆跡とも違う筆跡で書かれたものがあると。で、そこには鑑真の名前が書いてあるのですが、弟子だったらもっときれいに書くはずなのに、あまりにもおざなりな名前の書き方なので、これは本人?という話になっている模様。

だとしたら、「頑張りすぎて失明」という宮下あきらのマンガに出てきそうなわかりやすい苦労話ではなく、やはり、像を作った動機は、唐の高僧というありがたさを永遠に…ということなんじゃないかと思います。っていうか、昔から思ってたのですが渡航に何度も失敗して失明というのの因果関係がわからない。手足がなくなって、とか胸に七つの傷が、とかだったらわかるけど…これは妄想の域を出ませんが、彼の伝説を作る際に、失明という困難を、盛り上げるために加えたのではないかと思います。目が見えないからお経も読めない。せっかく渡航したのに、どんな国だかわからない。たしかに切ない話ですよね。心の眼は開いていたにせよ…

ちなみに、鑑真話の根拠の一つであるところの淡海三船の『唐大和上東征伝』が鑑真の姿をどの程度正確に描いていたかは疑問だと思う。読んでないけど(読むほど執着する気はないし)、以下のあらすじ(上田正昭さん)だけでも、なんだか一筋縄ではいかない。

『唐大和上東征伝』によれば、鑑真は要請に応えて、次のように語ったという。意訳すると、天台宗の祖師慧思(えし)禅師は、亡くなった後に、生まれ変わって倭国(わこく)の王子(聖徳太子)となり、仏法を興隆して衆生を済度したと聞いている。また天武天皇の皇孫(高市皇子の子)である長屋王(ながやおう)が、千の袈裟(けさ)を唐の大徳や衆僧に贈り、その袈裟には刺繍(ししゅう)で「山川域を異にすれど、風月は天を同じうす。これ仏子に寄せて、共に来縁を結ばん」という文言がつづられていたという。そして鑑真はこのように日本は「仏法興隆に有縁の国である。わが同法の衆中で、誰か日本に向かって法を伝える者はいないか」と弟子に尋ねた。だが、一座の僧は黙然として鑑真和上の問い掛けに無言であった。

っていうか、聖徳太子が出てくるところがいかにもうさんくさい。慧思の生まれ変わりが聖徳太子、って、中国の高僧からしてみれば噴飯ものじゃないのかなぁ。こんなド田舎の変な帽子をつけたオッサンやのに。たとえるなら、JBの生まれ変わりが鈴木雅之とか…まだJB生きてるけど…そんなノリを感じてしまいます。

あと、わりと金儲けする気マンマンというか、修理費を捻出するためかもしれませんが、わりと商売する気マンマンで、協賛のTBSのテイストを感じました。唐招提寺のDVD、5枚も出していた。唐招提寺だけで5枚。地下鉄漫才で数十年というのと似ています。それを考えると、この手のイベントに協賛することも多い日本最大のコンテンツホルダー、NHKの落ち着きっぷりはすごいなぁと思える。とかなんとか言いつつ、鑑真香は2セット購入しました。