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ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

モーニング娘(id:hentaiさん編)

id:hentaiさん
遅くなって申し訳ないです。

好き・嫌いの問題で何かを評価しようとする態度、感情に基づいて安易に何かを評価してしまう考え方が、ときに共同体的な明文化されないルールを生み、差別を生み、ファシズムを生むと思っていて、言いすぎかもしれませんが、わたしにはココロ社さんがそういう価値判断をし

ているように見えたからです。

それが無根拠であることを自覚していれば、好き嫌いがファシズムにつながることもないと思います。
状況を概観すると、おそらく、ファシズムは別の場所にあると思います。具体的に言うと、「モーニング娘を悪く言ってはならない。言うの

なら、それなりの覚悟と倫理性が必要」という明文化されない共同体のルールがあるように見えます。モーニング娘の魅力に関して言及する際に必要な手続きがあまりにも多すぎると今回感じた次第です。もちろんid:hentaiさんはこの状況に荷担してはいないと思いますが。

『××は批評性を持った作品だ』ということ言うのは、それ自体が批評なんじゃないか、とわたしはホシヒコさんへの問いかけで書きました。それは、ココロ社さんは娘。に関して価値判断をしたのではないか、ということです。もしそうだとしたら、肝心のところで自分は<わからない>だけだ、なんていわないで、最後まで、パブリックな言葉で語ってほしいです。

「ぼくの中にある紋切型センサーに引っかかる回数が多すぎるから無理」という言い方では足りませんでしょうか。その上で「似たような紋切型センサーを持っていそうな人はどう考えているんだろう?」と思うのです。

で、id:jounoさんを引用されていますが、これについてはすぐ後で書きます。

あと、メモって書いてあるところはプライベートゾーンでしょうか…だったら乙女なのに侵入してすみません。id:hentaiのスタンスは「凡庸だけど好き」ということなら、たぶん、ぼくが『世界ウルルン滞在記』を見ているときの気分とそう変わらないのではないかと思いました。
凡庸という言い回しが、ちょっときつい感じがあったかもしれませんが、id:hentaiさんの場合に限って言うと、ぼくが抱いていた疑問は、id:hentaiさんの他の文との違いです。

「やさしい風を吹かせてよ……」と連呼するというのは、世界の中心で、愛をさけぶ(しかしながら、地球は丸いなどの事情を考慮すると、実際には職場などでさけぶことになると思われる)並に勇気がいることではないか?

最近のid:hentaiさんの日記の中で一番好きなのはここで、何度も思い出し笑いしたり、軽い嫉妬を覚えたりもするのですが、「世界の中心で、愛をさけぶ」に関して「しかしながら、地球は丸いなどの事情を考慮すると、実際には職場などでさけぶことになると思われる」というセンスがあるなら、たとえば、今月末から始まるミュージカル「HELP! 熱っちい地球を冷ますんだっ。」に関して、「いくらカジュアルに地球温暖化問題を語りたいにしても、『熱っちい』というほど実際は温暖化は進んでおらず、正確には『HELP! 生ぬるくなった地球を冷ますんだっ。』に名前を変えた方が誤解が少ないと思われるが、『生ぬるい』だと残念ながら、あまり冷まそうという気が起こらないので、地球はやはり生ぬるいままだろう」とか何とか言いそうな気がしただけです。金井美恵子とか批評とか、そういった言葉遣いは直接的でなくてわかりにくいと思うので、id:hentaiさんのテキストとのバッティングについて語らせてもらいました。
(関係ないですが、自分が好きなアイドルがいたとして、環境問題について訴えるミュージカルとかされたら、すごく鬱になると思うのですが…ぼくなら耐えられません。ぼくは環境問題が苦手なので…)
ぼくにとって、紋切型センサーが心の中で鳴り響く中、同時に感動しているという状況は両立します、が、言葉にしてしまうと「紋切型にうんざり」みたいな書き方にしかならず、「モーニング娘=凡庸だけど好き派」の人たちはなぜいいことしか書かないのか不思議です。