ココロ社

主著は『モテる小説』『忍耐力養成ドリル』『マイナス思考法講座』です。連絡先はkokoroshaアットマークkitty.jp

モーニング娘(id:twistedさん編)

id:twistedさん。遅くなってすみません。

id:twistedさんのコメント

『愛あらば IT’S ALL RIGHT』はそうした人生論的な歌詞の割にカタルシスも少なく、「相対的に」凡庸な曲だと思いますよ。そこからモーニング娘。に入ろうとしたのであればお気の毒としか言いようがない。またそもそもそうしたモーニング娘。についてのディスクールを見るだけで意気阻喪するココロ社さんが、そうした凡庸さを挙げつらう無償の努力を捧げられたこと、これを書き記した際の奮闘ぶりを想像しながら読むとこちらも意気阻喪します。あまり建設的とは言いがたいかもしれません。『愛あらば IT’S ALL RIGHT』なのに愛がないから全然 IT’S ALL RIGHT じゃない、みたいなことになってます。『愛あらば IT’S ALL RIGHT』の話で少しでも建設的になるよう引っ張るなら、自分の方のはてなで、モーヲタ的に『、、、好きだよ』を挙げましたが、そこで評価の留保をした『I WISH』という曲があります。ぼくはこの曲を最初に聴いたとき、説教臭い凡庸な曲だと思いました。ただこの曲はココロ社さんが言われるように、テレビやラジオ、インターネットで書き綴られる言葉などによるモーニング娘。の物語の補完によってカタルシスが生まれる構造になっています。そして『愛あらば IT’S ALL RIGHT』はこの曲の縮小再生産的な捉え方ができると思われます。そういう意味ではココロ社さんが意地悪く(?)この曲を取り上げられたセンスは著しく正しいものです。
ただそこにある批評性は、なんに対する愛なのか、ということです。ぼくが『I WISH』を凡庸だと断じるのは、その先に『、、、好きだよ』や『恋愛レボリューション21』みたいな、もっと擁護すべきものが後ろに控えている時だけです。ぼくは「今夜はなんだか」というDJイベントで、DJのうたかくんが『、、、好きだよ』をかけたあとに『I WISH』をかけたとき、迂闊にも泣いてしまった。この瞬間の『I WISH』は凡庸さからはほど遠いものです。そうした愛がないなら、批評は無償の饒舌にしかならないはずです。「分からないから教えてください」なら話は簡単です。ここまで単純化すれば金井美恵子とかはまったく無関係の話だとも思います。
また「凡庸さ」というタームは、実はそうした「凡庸さ」をいかに愛するかという倒錯的かつ困難な批評にのみ奉仕する蓮實一流の迂回するテクネーと言うか、宙吊りを肯定する快楽に由来するものだと思います。とにかく何を愛の名のもとに擁護したいのか、ココロ社さんに答えて欲しい。ぼくの疑問はそこにつきます。モーニング娘。とはどこが面白いのか? という疑問符の答えは、ココロ社さんが提起されたその問題の発生条件からすでに決定されてしまっているものではないでしょうか?

(1)『愛あらば IT’S ALL RIGHT』について

『愛あらば IT’S ALL RIGHT』ですが、ぼくは、すでに人々の間で語り尽くされている人生論なのかな、と思いました。ちなみに「語り尽くされている」というのは、その「語り尽くされている」という事実にのみ着目し、そう書いています。ぼくの場合、歌詞の内容があまりにも自分に合わないとそこで止まってしまいます。ぼくの中にある紋切り型センサーが働いて、残念ながらこの曲との関わりを禁じてしまいましたが、他にもポイントがあって、ぼくはそれを見落としてしまっていたと言えるのかもしれません。id:twistedさんの中での重要ポイントとして「カタルシス」という言葉があるように思えますが、どういう種類のカタルシスなのかが興味があります。
 泣くといえば、ぼくは『世界ウルルン滞在記』という番組で司会の徳光和夫と同じタイミングで泣くのが好きです。この番組名からして「ウルルン」という擬態語だし、司会が徳光という人選ですから、泣いていいよ、ということなんだろうなと思って素直に泣いています。まあ、司会を中居正広に変えてタイトルを『世界ガサガサ滞在記』という名前に変えても泣くと思うのですが…それはさておき、ぼく自身、『世界ウルルン』で泣いたあと、すっきりしておなかがすいて、間食を取ったりするものですから、たぶんカタルシスを得ているように思います。たとえば、金井美恵子が同じように、アフリカの少数民族のところに行って、女の人は全員裸なのに、彼女だけ薄手のTシャツを着て、灰にまみれたダチョウの卵焼きが「その地方では滅多にない、客人をもてなす最高のごちそうである」と言われて震える手で食べ、口の中をジャリジャリさせながら「おいしい」と、村長ではなく通訳に言ったりするような体験をし、それを小説にしたとしても『世界ウルルン滞在記』というタイトルには絶対にしないと思います。その意味で、ぼくの中で『世界ウルルン滞在記』は、凡庸な番組だと思います。特にタイトルが。徳光が。そこで誰かが、あるいは、これを読んでいる人全員が、「世界ウルルンで泣いている香具師DQN」と言ったとしてもまったく構いません。DQNでいいと思います。また、自分からDQNと先回りして言うことで自分を守ろうという意識も発生しません。もしぼくが、かりそめにモーニング娘が好きな状態が発生したとするならば、この感覚でなら泣くことがあるだろうと思います。でも「凡庸だけど、なんか好きなんだよな。涙が出ちゃったよ」の一言で自分の中では片づけてしまいます。低級とかそういうのは特に思わないし。好きであって、なおかつ泣いている以上、高級なのではとも思います。id:twistedさんは、他のモーニング娘の音楽と比べて、比較的凡庸度が高いが、それはあくまでモーニング娘の他のすばらしい音楽と比較したときにそう思うのであって、絶対的に見ればやはり凡庸とはほど遠い、と感じていらっしゃるように見えますが、つまりは、「凡庸だけど泣いちゃう」という話ではないんですよね。やはりそこはぼくにとっては謎なのです。


(2)「無償の饒舌」と「批評」について

金井美恵子という言葉を出しただけで、id:twistedさんの指摘されるように、事態がややこしくなってしまったみたいですね。無用な誤解を生んでしまったと思います。まさか今時「金井美恵子=高級・モーニング娘=低級」と思っている香具師もいないだろうと高を括っていたところはあると思います。しかしそういう人が多いことを前提に丁寧に書くのも意気阻喪(←読み方がわかりませんが、蓮実がルビをつけないし蓮実くらいしか使わないので未だに謎のまま)すると思ったし。愛がないなら、批評は無償の饒舌、たしかにそうですが、批評とは何かという話をすると、なんかどんどん話がズレてしまうように思えます。無償の饒舌も、id:twistedさんにとっては意味がないかもしれませんが、ぼくは好きだと思うし…
そもそもは、ぼくが批評という言葉を、安易に使ってしまったせいでこうなったので、いわゆる一つの自己責任なのですが、もっと限定して言うと、「蓮実重彦や金井美恵子の読者は、紋切り型センサーみたいなものを備えていると思うのですが、なぜ、その紋切り型センサーにモーニング娘は引っかからないのか」ということです。(ぼくの紋切り型センサーがどのように働いたかは、前回『愛あらば IT’S ALL RIGHT』の冒頭を例にしてお話ししました。)これは、ぼくにとってはやはり謎です。しかも、それなりに限定された状況での謎(「キャラメルコーンに入っているピーナッツは、重いから下の方にたまるというのはわかるが、剥がれたピーナッツの皮は軽いはずなのに、皮まで底にたまっているのはなぜだろう」とか)だと思ったので、モーニング娘が好きな善意のファンというか、そういう人たちを巻き込むこともないだろうし、そもそも善意のファンはこんな限定された状況での問いに関して目くじらをたてることもないだろうと思っていました。そういう意味ではモーニング娘について語ることの難しさ、深刻ぶってナイーブに言ってみると、怖さを甘く見ていたのかもしれません。単に「ぼくのセンサーに引っかかったのにキミのセンサーに引っかからないのはなんで?同じ会社、シャンタル印のセンサーじゃないの」という質問です。もちろん、その質問のさらに動機を分析してみると、「センサー自体がまったく別のものだったら残念だな」という気持ちがあったと思います。たとえば、id:twistedさんの友達で、おなじモーニング娘が好きな人と話してて、しかもかなり同じ文脈で好きだったとして、ただ、その友達は『I WISH』が一番好き、と言ったとしたら、スルーします?ぼくは「え〜なんでだよ」と聞きたくなりますけど。そういうシンプルな問いだったはずです。ただ、シンプルにならないというのは予想が何となくついてたので(ぼくの友達でモーニング娘が苦手と言う人はたくさんいるけれど、日記とかで苦手とか明言している人がいないという状況などを見て)すこし真面目に、誠意多めで書いてみたのです。厳密に言うと、「なんで『I WISH』が一番とか言うかねぇ?」という質問(を、id:twistedさんがしたとして、その)の根底にあるのは、id:twistedさんの一番好きな曲を擁護するため、なのかもしれませんが…とするなら、ぼくが擁護したいのは、中村光夫とか藤枝静男とか?耕田さんとの間で言うんだったら、やっぱり金井美恵子かなぁ…この固有名詞だとイメージで言っていると思われるので、もう少し具体的に言うと、たとえば、「『恋愛太平記』の冒頭、朝子と、王子の万年床になっている部屋に住んでいるコンセプチャル・アーティスト塩瀬進が出会って同棲するまでのシーンで、こいつら本当にDQNだな、と笑える感覚」です。

書いていてふと思ったのですが、金井美恵子をありがたがって高級だと思っている人種も、ちゃんとこのシーンで笑ってるはず…ですよね?ここで笑ってなかったら、「じゃあ金井美恵子のどこが好きなわけ?」と問いつめたくなります。